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  • サークル名:原風景を歩く(O.C.)


    木曽路に入るには、中仙道の北からは鳥居峠、南からは馬籠峠、伊那からは権兵衛峠、そして飛騨からは地蔵峠や野麦峠を越えなければなりませんでした。
    そのひとつ、野麦峠は飛騨の村々から毎年12歳になった少女たちが、3月には諏訪の製糸工場に、そして正月には故郷の村に向って雪の中を越えていった道です。
    彼女たちは約22歳までの10年間、この峠を越えて行きました。
    私が、旧道から野麦峠に着いた頃にはすっかり雨になり、峠にある資料館には、入場者は他には誰もいません。

    館長さんが、話してくれました。
    「野麦とは、笹の実のことで、飢饉のときにはこの笹の実をも食料にしたのです」
    「野麦峠を越えていった彼女たちは、『悲哀』の対象として語られがちですが、彼女たちにも青春があったのです。村に残った青年から諏訪の少女に写真を一枚送ってほしいとの手紙が届きました。
    彼女たちは、なけなしの金で写真を撮り、村の青年に送りました」
    そんな手紙や写真が資料館に保存されていました。
    館長さんの言葉に、なにかほっとする気分になりました。
    コメント2件を表示する 2006/10/11 12:39

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    原風景を歩く(O.C.)

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