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  • サークル名:原風景を歩く(O.C.)


    奈良県南部から和歌山県にかけての紀伊半島は、海岸部を除いて、ほとんどが大峰山系、大台ケ原などのような山塊です。
    そんな紀伊の山系に、「果無(はてなし)山脈」という山の塊があります。
    どこまで行っても、果てしなく山、山、山・・・。
    誰がつけたのか、珍しく、そしていい名前ですね。
    「山のあなたに空遠く、幸い住むと人の言う・・・」、あの詩を思い浮かべる山脈の名前です。

    また、そんな山中を、熊野に向かって蛇行しながら南下する川があります。
    「十津川」と呼ばれる川です。
    この川の名前は、「遠つ川」が訛って、「十津川」となったようです。
    奈良や京の都には距離的には比較的近いのですが、この行く手を阻むような山塊が、この川を、「遠つ川」にしたようです。
    昨夜、天に昇った青龍の鱗が、この川の流れを瑠璃色に染めたのでしょうか。それとも今朝水浴びをした川蝉の羽が瑠璃色に染めたのでしょうか・・・。今も澄んだ流が下っています。

    南北朝時代には、南朝方がこの谷あいに隠れ住んだりしたほど、よそ者には侵入しにくい険しい山と川です。
    そんな村のひとつに、「大塔(おおとう)」という村があります。
    後醍醐天皇の皇子のひとり、「大塔宮(おおとうのみや)」が、当時この村に逃げ込んでいたということで、後に、「大塔村」と名づけられました。
    山深い村の人たちにとって、「大塔」とい名前は、都を連想させる輝いた名だったのでしょうか。

    また丹生(にゅう)川のほとりに、「賀名生(あのう)の里」があります。
    この村は、もともと「穴生(あのう)」と呼ばれていましたが、この村に落ち延びていた後村上天皇が、念願かなって、京の都に戻れるようになったので、「かなう」ということから、「加名生」と呼ばれ、後に「賀名生」になったようです。

    明治以降、紀州は「和歌山県」と呼ばれるようになりましたが、こちらも「和歌」の山とは、優雅な県名ですね。
    地名と風景と歴史を訪ねる山の旅・・・このところ町村合併で、そんな風景や歴史の面影が消えていっています。
    地名を大切にしたいものです。

    (写真:果無山脈)
    コメント11件を表示する 2007/10/20 11:53

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