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  • サークル名:原風景を歩く(O.C.)


    皆さん、こんにちは。
    まだ出かけるには、体力が伴いませんので、しばらくは想像の世界を旅したいと思います。

    ■神武天皇の憧れの地

    大和盆地の葛城山の麓に立って見下ろすと、周囲を丘陵や小山に囲われた小さな野がやわらかな日差しに包まれており、その先には大和三山が霞み、大和盆地が広がっています。
    葛城古道沿いの棚田は、田植えの頃には白雲を映し、彼岸の頃には彼岸花が田を縁どり、秋には稲穂が秋の光を受けて黄金色に輝くのです。
    奈良盆地南東の飛鳥に政治の中心がおかれる以前には、この地は葛城氏はじめ大和の豪族たちを生み出した地でした。

    「秋津原」。
    そこは大和盆地西南の三方を山懐に囲まれた盆地です。河内から大和盆地に入ろうとして、土地の豪族長髄彦(ながすねひこ)に阻まれた神武天皇は、三本足のヤタガラスに導かれ、紀伊半島南部から大台山中を北上し、あこがれの大和盆地に達しました。

    そのときに感動して、
    「妍或乎(あなにや)、国を獲つること。内木綿(うつゆふ)の真?(まさ)き国と雖も蜻蛉(あきづ)の臀?(となめ)の如くにあるかな」
    (ああ、なんと美しい国を獲たことか。狭い国ではあるけれど、周囲を蜻蛉が臀?して飛んでいるように、山々が取り囲んでいる国だ)と詠みました。
    「秋津原」は、「蜻蛉(あきづ)」につながる地名です。

    九州日向を発った神武天皇にとって、大和盆地は憧れの地であり、東征の最終目的地だったのでしょう。
    実際に丘の上から見下ろす秋津原は、想像通りの豊かな風景だったのでしょう。
    こうして葛城山の麓から大和盆地東南の飛鳥の地へ、さらに藤原京、平城京へと都は移ってゆきますが、いずれにしても大和盆地は、古代人の憧れの土地であり、古代人の好んだ風景の象徴だったのでしょう。
    コメント8件を表示する 2008/01/20 09:24

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    原風景を歩く(O.C.)

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