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  • サークル名:原風景を歩く(O.C.)


    現在「吉野」といえば、「桜の吉野山」をさしますが、飛鳥時代には「吉野川上流の宮滝」あたりのことでした。
    宮滝付近では緑青色の流れが激しく岩盤を削り、白く泡を立てながら緑の森の間を蛇行しいます。
    川岸に立って目をつぶると、集落の影も学校のざわめきも消え、飛鳥時代にあったといわれる宮滝付近の吉野宮が浮かび上がります。
    「壬申の乱」の立役者であった大海人皇子(後の天武天皇)は壬申の乱を前に、近江の天智天皇の下を離れ、天智天皇の病気の回復を祈願すると称して陰棲したのも吉野でした。
    そして天智天皇死後、吉野から挙兵して大宇陀、美濃を経て、不破の関(現関ヶ原)に至り、大友皇子の大津軍を破り、「壬申の乱」の勝利を勝ち取ったのです。

    吉野は、大海人皇子にとって、出家を口実に陰棲し、策を練るための「壬申の乱の舞台裏」だったのです。
    そんな歴史をよそに、今、吉野川は風光明媚な渓谷として吉野山中を下っています。



    コメント9件を表示する 2010/09/16 10:55

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    原風景を歩く(O.C.)

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