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  • サークル名:原風景を歩く(O.C.)


    ■大宇陀の野・山・道

     大宇陀は低山と丘の連続。
    その間を小さな野とゆるやかな谷が埋めています。野といっても広々とした平野があるわけでなく、山や丘の裾野のわずかな平地を野と呼んだのでしょう。
     道はそんな野を縫いながら谷間を進み、山の斜面を巻きながら高みに至り、ときには低い峠を越え、ときには小さなトンネルを抜けてゆきます。トンネルを抜けると、昨夜の風で散った桜の絨毯の上に出ます。踏むのがもったいないような花びらの上に、春の光が落ち、小さな風が花びらを一枚、また一枚と裏返してゆくのです。
     敷き詰められた花びらに心奪われているうちに、東に向かっていたはずの道は、丘を巻いて方角を変え、逆方向に向かいはじめます。太陽の光だけをたよりに、方角を定めて歩きますが、道はどこに下ろうとしているのかわからなくなってきました。
    「ままよ。たかが大宇陀の野山。高く深い山があるわけでなく、低山を縫う野道はたとえ迷っても心配はない。しばらく歩き続ければきっとどこかの里に着くことが出来るだろう。迷い道を楽しもう」と、先へ先へと進み続けます。道は蛇行しながら丘を下り、野を抜け、再び林に向かってゆきます。

     山裾で何ものかが草むらを分ける気配を感じ、「キエーン、キエーン」という雉の声が聞え、姿を見せない鶯の声が届きます。里に下ると、気の早い田んぼでは水が引かれ、今年はじめて蛙の声が聞こえ、水面すれすれにツバメが鋭い線を描いてゆきます。しばらくこの道を歩き続けることにします。

     冬の間、野の花たちの声に耳を傾けることもなく過ごしてきました。しばし春の日差しの中で山麓にたたずみ、野の花たちの小さな声を聞いてみることにしましょう。
     春の野を埋める白いナズナのコーラスに耳を傾けてみましょう。
     畦道に遊ぶはにかみがちな紅紫のオドリコソウの歌声に耳を傾けてみましょう。
     畑から抜け出してきたダイコンの花の言い分を聞いてみましょう。
     田植えがはじまるまでの田を彩るキンポウゲの声を聞いた蝶が、春の訪れを隣の花に伝えています。青い星屑が降ったようなイヌフグリの子どもたちが集まって、小声でおしゃべりしています。

     野の花たちは、おおげさなパーフォーマンスをするわけでなく、大声で歌うわけでもありません。
    つけまつげも、アイシャドーも、濃い口紅も要りません。
     一重瞼の顔を朝露で洗っただけで、その表情は鄙で生まれ育った少女の姿そのものです。
     現代人は、ともすれば野の花の美しさを忘れ、遺伝子に手を加えた不自然な色や形の花を創りだしてしまいました。
    かつて大宇陀の野に遊んだ万葉人の感性から、私たちは遠く退化してしまったようです。

    写真
    1、花弁の野道
    2、大宇陀の野山
    3、キンポウゲの野原
    4、ダイコンの花
    5、蝶の訪れ
    コメント5件を表示する 2011/04/19 09:39

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    原風景を歩く(O.C.)

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