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  • サークル名:原風景を歩く(O.C.)


    ■安岡寺の境内にて

     孫たちも、一応お寺へのお参りの作法は心得ているようです。手を清め、十円の賽銭をにぎって本堂に向かい、もっともらしく手を合わせています。子どもたちにとって、お参りは信仰ではなく、遊びのひとつなのかもしれません。
     お参りを済ませると、今度は鐘楼に向かい、「鐘突き一回100円」と書かれた箱を見つけると、私のところに戻ってきて100円を受け取り、鐘楼に上って二人で鐘を突いていいます。突き終わると、鐘の下に立って音の余韻を頭上に感じながら、首を振って鐘の響きに応じています。
     やがて満足げに鐘楼に下に座り、持ってきたカバンから菓子を取り出して食べはじめます。
     小広い境内は、孫たちの遊びにはてごろな広さであり、先ほど道で拾った木の枝とイガグリを取り出して、ふたたびホッケーをはじめました。

    ■境内の思い出

     誰にも憶えがあることでしょう。
     近所のお寺の境内は、その町内に住む子どもたちの遊び場でした。山門は子どもたちの集合場所であり、約束をしていなくともそこに行けば誰かに出会えました。
     夏休みの早朝には、町内の子どもたちは境内でラジオ体操をし、放課後には石蹴りや缶蹴りをしていました。そして土塀の陰では、悪童どもは、少し後ろめたさを感じながら、ちょっと大人には知られたくないケン(めんこ)やバイ(ベーゴ マ)などの遊びがはじめていました。
     遊び疲れれば、お堂の縁にみんな並んで腰をかけ、それぞれがとりとめもなくしゃべったり、軒下の蜘蛛の巣を見上げたり、縁の下の蟻の行列を眺めたりしていました。
     同世代だけでなく、六年生も一年生も一緒になって集まり、年上の子は、年下の子をそれとはなしに面倒見ていました。
      子どもたちは、家族に行き先を告げることなく遊びに出かけていましたが、親たちも子どもたちの行動範囲は把握していたのでしょう。 そこには子どもたちだけの世界があり、子どもたちだけ秩序がありました。

      子どもたちにとって、寺の境内は信仰の場としての寺院ということではなく、町内の集会場であり、遊び場であり、交流の場だったのです。大人たちにとっても、お寺は町内の 「寄り合い」の場であり、ちょっとした相談事は本堂で行われ、境内はお年寄りの世間話と日向ぼっこの場でした。お寺の境内は、檀家のものであり、町内のものだったのです。

    写真
    (1)安岡寺境内の空
    (2)手を清めて・・・
    (3)お参りの作法は、一応・・・
    (4)鐘をつくのも遊び
    (5)お菓子を食べよう・・・
    コメントする 2011/05/11 11:02

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    原風景を歩く(O.C.)

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