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  • サークル名:原風景を歩く(O.C.)


    ■「原っぱ」に行こう

     ひと組の孫たちが帰ると、翌日別の孫たちがやってきました。
    幼稚園のクラス分けで、れんげ組になったので、れんげの花を見たいといいます。
    「じゃあ、レンゲを摘みに行こうか」ということになり、近くの原っぱに出かけることになりました。いつもの散歩道を歩き、丘の裾にある小さな原っぱにたどり着きました。

     私が畦道の斜面を上っている間に、孫たちはすでに原っぱの草の中に身を沈め、花を摘みはじめています。レンゲ、タンポポ、ナズナ、イヌフグリ・・・野の花たちは、庭の花のように華やかでもなければ、大きくもなく、色も濃くありません。緑の草に混じって、ささやかに咲いているのです。

     二本の指でつまめそうな小さな花束を、ようやく温もりはじめた陽射しと五月の風の中に高くかざしています。姉は弟に「これがレンゲよ」と話しながら、集めたレンゲで花輪を作り、弟の頭を飾っています。弟は手当たり次第に摘んだ花をビニール袋に放りこんでは走り回っています。

     その内に草むらで何かが動いているのを見つけたらしく、赤いシャツが草の上で跳ね回っています。どうやら雨蛙をみつけたらしいのです。まだ幼いと思っていた手足は、突然すばやい動きに変わり、たちまち雨蛙は手の平の中です。そして小さな花束といっしょにされて、目をまるくして「一帯どうなるんだ」という顔つきをしています。
     次にシャクトリ虫を見つけ、これも手の平の中です。
     そして今度は、石と石の隙間で何かを見つけたようです。すばやい動きはトカゲのようですが、小さな手が追いかけ、たちまちつかまってしまいました。
     胴を押さえ込まれたトカゲは、なおも抵抗しながらしっぽを手に巻きつけ、さらに小さな指に噛みついて離しません。指をトカゲの口から離そうとすると、しっかりと口を閉じ、歯は指を挟んだままです。「歯を食いしばって離れないよ〜」と言いながら、怖がることもなく、孫たちはトカゲとのやりとりを楽しんでいるようです。

     今度は、原っぱの片隅にある水溜りに目が注がれています。ここでも何かをみつけたようです。アメンボウ? オタマジャクシ?孫たちの好奇心は、際限なく広がってゆきます。

    ■「原っぱ」とは?

     「原っぱ」とは何でしょう。
     「原っぱ」という言葉にはどんな意味が含まれているのでしょう。
     それは、自然のままの「原野」や「野原」とはちがっています。
     「原っぱ」という言葉の中に、草野球をしたり、花を摘んだり、寝転んで空を見上げたり、紙飛行機を飛ばしたり、虫とりして遊ぶ子どもたちの影を感じます。
     かつて町の片隅に、持ち主のわからない空き地のような草原(くさはら)があり、そこに子どもたちが三々五々に集まり、遊び、散っていきました。

     「原っぱ」は、私たちの少年時代の原風景と重なる場でもあります。
     今はそんな「原っぱ」が少なくなってしまいました。少なくなったから、子どもたちが外で遊ばなくなったのか、それとも室内でのゲームが面白くて、「原っぱ」での遊びに興味をなくしてしまったのでしょうか。

     「原っぱ」は、子どもたちが日常生活の中で好奇心を育み、自ら遊びを創造する場であり、空想を膨らませる場でもあります。
     遊び方が準備された児童公園よりも、一見何もない「原っぱ」の多様な可能性を考えてみましょう。
     私たちの世代は「原っぱ」での遊びを懐かしむだけでなく、原っぱでの遊びを孫たちの世代に伝えてきたいものです。


    写真
    (1)原っぱで、お花摘み
    (2 花束の中の雨蛙
    (3)雨蛙は、たちまち手の平の中
    (4) トカゲも手の中に
    (5)タンポポの綿毛を飛ばそう
    コメント2件を表示する 2011/05/17 10:32

    原風景を歩く(O.C.)のイメージ

    原風景を歩く(O.C.)

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