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  • サークル名:原風景を歩く(O.C.)


    ■淀川散歩

     淀川べりにある三島江の集落を抜けると、五月の薫りを感じる淀川の堤にぶつかります。すでに土筆(つくし)の頃は去り、セイヨウカラシナの黄色が堤の斜面を埋めています。
     堤を見上げると、川面を渡ってくる風が黄色い花をなびかせ、堤をジョギングする人影が花を分けてゆきます。その後に、ゆっくりと散策する二人のお年寄りの姿が花の中に消えてゆきます。子どもたちは、堤の斜面を走り下りては、黄色い花の中に埋もれてゆきます。

     堤に上ると、一本の土道が黄色い花の間をどこまでも伸び、やがて淀川の流れに沿って大きく蛇行にしながら下ってゆきます。髪に五月の日のぬくもりを感じ、頬にいくらの風の冷たさを受けながら、黄色と緑に誘われてどこまでも歩き続けていたい道です。
     日頃、アスファルトやコンクリートの道ばかり歩いていると、足裏に感じる土の感触がやわらかく心地よいのです。

     さらに淀川を上流に向かうと、「鵜殿」と呼ばれる葭原が広がる河原にたどり着きます。建物が密集した大阪平野で、この鵜殿付近だけは、のびやかに視界の広がる数少ない場所なのです。
     日頃生活から離れ、ここに来ると空に浮かぶ雲の姿を追うゆとりさえ生まれてきます。街のざわめきもここまでは届かず、セイヨウカラシナの花の間を、蜜を集めてまわる蜂の羽音さえ聞えてきそうです。
     ここからは葭原に阻まれて川の流れは見えませんが、堤を下って葭原に分け入ると、その隙間から水の輝きと対岸の柳の新緑が垣間見られます。

     一見何事も起こりそうにない葭原でも、目を凝らし、耳をそばだてていると、けっこう小さなドラマが待っています。叢の中からキエーンという雉の声が聞こえたと思うと、尾羽の色を残して繁みに姿を隠してゆきます。葭原の中を流れる水辺から、黒い鵜が滑空しながら葭原を越えて本流に向かってゆきます。
     この堤に立って広々とした葭原を眺め、果てしなく続く土道をあてもなく歩いていると、日常のささいな出来事は陽光の中に溶け去ってゆきます。

    ■堤の葭原の四季

     セイヨウカラシナの季節が去り、五月も末になると、葭の緑もいっそう濃くなり、丈もすっかり伸び、まもなく葭の繁みの中からヨシキリの声が聞えはじめます。
     さらに梅雨の季節には、葭原はもはや人が踏み込めないほどの繁みとなり、ツバメが鋭い線を描いて空を切ってゆきます。
     八月に入ると、堤は対岸で行われる花火大会の桟敷となり、夕暮れとともにうちわを持った人がそぞろ歩いています。
     そして初秋の訪れとともに、葭や荻の白とセイタカアワダチソウの黄色が河原の覇権争いをはじめ、晩秋の訪れとともに、色を落とした葭の間に続く道を散策する人の姿がみられるようになります。
     やがて冬の訪れとともに、堤から人影は姿を消し、二月ともなると春の芽生えを促すように葭焼きが行われ、河原をなめ尽くす炎の波と冬雲を焦がす黒い煙が空を覆います。
     そして再び春の訪れとともに、子供づれの家族が土筆(つくし)を摘む声が聞こえはじめます。

     堤は、子どもたちがダンボールを尻に敷いて遊ぶ滑り台であり、若者たちのジョギングやサイクリングロードであり、大人たちの散歩道であり、家族のピクニック広場でもあるのです。そして、ときには市民マラソンのコースとなり、葭焼きや花火大会の桟敷となります。

     淀川の堤は本来洪水対策の堤防として築かれたものでしたが、今は流域に住む人たちの多様なゆとりの場となっています。
     ただ、それは河原をゴルフ場や野球場にすることではありません。あくまでもこの淀川の河原に育つ葭原や、生き物たちの棲む水辺のワンドを生かし、淀川本来の水辺風景を保ちながら、その自然を楽しむことなのです。
     散策したくなる道とは、そんな堤の土道なのです。

    写真
    (1) 春の堤防を自転車で
    (2) 五月の風の中、ジョギング
    (3) 堤防は、子供たちの遊び場
    (4) 秋の葭原散歩
    (5) 冬の葭原焼き
    コメントする 2011/05/27 09:26

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