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  • サークル名:原風景を歩く(O.C.)


    ■伊勢本街道 ―「右 いせ本かい道 左 あをこ江みち」

    大和から伊勢に向かう伊勢本街道を歩いてみようと、榛原に向かいました。詳細地図を調べないまま、まず墨坂神社を訪ねてみようと、宇田川と芳野川合流地点近くにあるという話だけを頼りに探しますが、一向に見当たりません。とにかく川沿いに歩いてみようと下ってゆくと、ようやく対岸に杉木立を背に想像どおりの朱い鳥居が見えてきました。
    背後の杜の暗さと鳥居や拝殿朱色の対比が鮮やかで、その姿は宇田川べりに舞い降りた巨大な鳳凰を思わせます。
    境内に立っていると、神社のお世話をしておられる方が声をかけてくださり、拝殿だけでなく、大山祇神社や竜王神の磐座なども案内してくださり、墨坂神社がかつて西峠近くの天神の森にあり、神武天皇が熊野から大宇陀に侵入してきた折に、地元勢力がいこり炭をもって防戦したことが「墨坂」の言葉の由来だという話も聞かせてくれました。

    さらに榛原の町に不案内な私が、伊勢本街道の「札の辻」の場所を尋ねると、「案内しましょう」と、快く伊勢本街道や青山越の道を小一時間案内して下さいます。道々、お伊勢参りが盛んだった江戸時代には、伊勢本街道が賑わったという話を、その時代に立ち会ったかのように話されます。いつも他所から榛原を訪ねてくる人に、この調子で案内を買って出ておられる様子です。
    旅の楽しみのひとつは、こうした地元の人との偶然の出会いにもあります。

    札の辻の道標には、「右 いせ本かい道 左 あをこ江みち」とあります。ひらがな混じりの道標は、お伊勢参りが庶民に広がった時代に、誰もが読めるようにとの配慮だったのでしょう。また「あをこ江みち」とは、この先に阿保(あお)という地があり、「阿保越道」のことであり、現在の「青山越え」の伊勢街道のことなのでしょう。
    ここから町中を伊勢本街道沿いに進むと、「御杖(みつえ)」と書かれた道標に出会います。地図で確認すると、「御杖」はここから幾重もの峠を越えた三重県との境にある村で、御杖を過ぎると、伊勢もうすぐです。

    ■「左 室生山道」

    道標にしたがって進むと、坂道は山中へと向かってゆきます。街道には今も伊勢街道の俤を残す民家が軒を連ね、そのひとつに高井の村があります。
    辻には、「左 室生山道」と記された石標が立っています。この道には見覚えがあります。確か以前仏隆寺の桜を見に行ったときの道です。あのときには、伊勢本街道のことは頭になかったため、石標には気づきませんでしたが、民家のたたずまいは記憶に残っています。
    伊勢本街道は、しばらく仏隆寺へ向かう道をたどり、ほどなく右に折れて、宇陀の山を巻いたり、小さな峠を越えたりしながら進んで行きます。道はだんだん細くなり、暗い杉林がはじまると心細くなってきますが、それでもときおり峠や窪地で、かくれ里のような民家に出会うと、少しは安心します。

    (写真)
     1.鳳凰が舞い降りたような墨坂神社
     2.道標「右 いせ本かい道 左 あをこ江みち」
     3.伊勢本街道は山中に向かう
     4.村の民家に薪の束
     5.暗い陰にシャガの花
    コメントする 2011/07/06 09:27

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