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  • サークル名:原風景を歩く(O.C.)



    ■三茶屋の辻 ―「右よしのこうやみち」

    目的地も定めずに、宇陀山中をどうたどったのか分かりませんが、峠を下ると小さな里に出ました。街道の俤(おもかげ)を残す辻には、先ほどの雨で濡れた石の道標が立っています。
    「東 右うたはせ道 左大峰山道」 「南 右いせ道」 「北 右よしのこうやみち」
    例によって、かな漢字混じりの表示で、「北に向かえば、宇陀、初瀬へ。南に向かえば大峰山へ。東に向かえば伊勢へ。西に向かえば吉野、高野山へ」ということらしいのです。宇陀山中を歩いていたつもりが、すでに宇陀から吉野郡にはみ出してしまっていたようです。
    ここは伊勢街道と吉野街道の交わる「三茶屋」の辻です。三茶屋と書いて「みっちゃや」と読みます。かつて上茶屋、中茶屋、中やの三軒の茶屋があったので、「三茶屋」と名づけられたといいます。

    今は静かな山中の辻ですが、かつてお伊勢参りに向かう客や、吉野の花見や高野山に向かう客たちで賑わったことでしょう。
    ここは伊勢と紀州の中間点で、それぞれ二十二里の地点です。紀州徳川候の参勤交代もこの街道を使っていたようです。今まで紀州から東海に向かうこんな街道が通じているとは知らず、紀州藩の参勤交代は、大阪、京都を経由していたとばかり思っていましたが、考えてみれば直線で結ばれるこの街道は近道だったのでしょう。
    また地図を見ていると、三茶屋から東に向かった山中の鷲家に、幕末に大和の五條代官所を襲撃し、吉野山中に陣を構えて世間を騒がせた天誅組義士の墓があります。やはり天誅組もこの三茶屋を通ったのでしょう。

    古代には宇陀山中の道は、大和、京都、大津京と吉野を結ぶ道でした。神武天皇が熊野から紀伊半島を縦走して、吉野の国栖から大宇陀、大和盆地へと向かったときにも、おそらくこのあたりを通ったことでしょう。
    その足跡を残すように、宇陀の八咫烏神社、高角神社、阿紀神社、墨坂神社などに、神武勢と地元勢との戦いの歴史が刻まれています。
    さらに壬申の乱の折には、大海人皇子(後の天武天皇)が、近江を脱出して吉野に身を潜め、さらに吉野を発って不破(現関が原)に向かった折にも、このあたりを通ったことでしょう。また南北朝時代の後醍醐天皇南下ルートでもあり、天皇に仕えた入谷金兵衛は北朝の動向を狼煙で吉野に伝えたとの逸話が残っているところを見ると、宇陀と吉野をつなぐ道の意味は大きかったことでしょう。

    観光化され、訪れる人の多い木曽路や熊野古道とは異なり、宇陀山中の道には、これといった観光施設があるわけではありません。あるのは古代から近世にかけての激動の歴史を感じさせない山中の道がたんたんと続いているのみです。それだけに何事もなかったような田舎道を、地図の地名を確かめながら歩き、街道の俤を残す民家や辻の道標に出会い、小さな神社に立ち寄りながら旅していると、千数百年の戦乱や賑わいの情景が想像されてくるのです。

    ■宇陀の道沿いの神社

    宇陀の道を巡っていると、さまざまな神社に出会います。
    伝説の倭姫が、天照大神定住の地を求めて彷徨し、立ち寄ったと言われる大宇陀の阿紀神社や御杖村の四社神社や御杖神社なのどのいわゆる元伊勢神社。それらは建築様式や伝承をも含めて、伊勢に続く道です。
    神武天皇が熊野から吉野川を越え、伝説の八咫烏に導かれて、宇陀から大和盆地に向かったという物語に由来する八咫烏神社や高角神社。それらは古事記や日本書紀に続く道です
    また天智天皇の娘の大来(おおく)皇女が、跡目争いに巻き込まれて処刑された弟の大津皇子をしのんで、伊勢から大和に向かったときに立ち寄った墨坂神社や初瀬川上流の天神社。それらは万葉の歌に続く道です。

    春日神社、水分神社、丹生神社、白山神社、熊野神社、龍穴神社、墨坂神社、御井神社、阿紀神社、八咫烏神社、高麗神社、天神社・・・・このようにたまたま出会った神社を並べただけでも、春日神社のように大和にかかわりのある神社もあれば、熊野神社や丹生神社のように熊野や紀州とかかわりがある神社、阿紀神社のように伊勢とのかかわりがある神社、福井の白山神社とかかわりがある神社など、畿内に及ばず、はるか遠い土地とのかかわりを持つ神社もけっこうあります。
    それは、ここ大和の東山中にある宇陀の地が、古代から東西南北につながる山中の道によって、伊勢、大和、吉野、紀州、京都など各地とつながっていたことを物語っています。宇陀山中の神社の分布は、神々の勢力地図を物語たり、文化の浸透地図を物語たり、古代史にかかわる人々の足跡を物語っていたといえましょう。
    祭神や建築様式を確かめながら、宇陀の神社を巡る旅は、古代史発見の旅でもあるのです。
     
    (写真)
      1.三茶屋の石標「東 
    コメントする 2011/07/19 07:46

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