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  • サークル名:原風景を歩く(O.C.)


    ■私の好きな村の神社―「惣社水分神社」

    一方、古代の歴史とは縁のない、宇陀山麓にひっそりとたたずむ神社もけっこう多いのです。
    宇田川支流の芳野川を遡ると、小高い丘から真っ白い花が野を下り、川の両側には青田が広がり、村はずれにはどこの村にもありそうな小さな鳥居があります。
    「惣社水分神社」の石標がムラサキツユクサに囲まれて立っています。小さな惣社には社務所などあるわけもなく、参道はすぐ石段に向かい、湿りを帯びた暗い森に入ってゆきます。昨夜の嵐で初夏の木の葉が散り急ぎ、両側の薄暗い森陰に十薬草(どくだみ)の白さがさびしく、杉林の囲まれた境内を湿りを帯びた静けさが覆っています。
    杉の巨木の隙間から村の屋根が見下ろされるばかりで人影は見えず、ただ境内の手水舎に吊るされた洗いざらした手ぬぐいや、拝殿に供えられた真新しい榊に人の気配を感じるのみです。
    「惣社水分神社」は「水分」の名のとおり、古代より農作にとって最も大切な利水治水の神様として祀られ、村人が村の水の守り神である国水分神をお世話している神社であり、日照りの年には雨を願い、田に十分な水が引かれることを願ってきたことでしょう。
    この芳野川流域には、惣社水分神社以外に、宇太水分神社、水分神社(下社)があり、大和には他にも多くの水分神社があるところをみると、水飢饉を経験してきた大和の人々の水への願いが察せられます。
    旅の途中で、たまたま立ち寄った古さびた神社で、そこに住む人々の思いや願いが境内の空気に染み出しているような村の神社の気配が私は好きです。

    ■私の好きな神社―「久須斯(くすし)神社」

    宇陀から吉野に向かう途中の三茶屋の山麓に、森を背にして朱色の鳥居が立っています。ちょうど、村のお婆さんが鳥居をくぐって、紙袋を手にして出て来られ、家に帰ってゆかれるところでした。どうやら拝殿や石段の掃除をして帰られるところらしく、いま供えられたばかりの榊や注連縄の小さな御幣がすがすがしく感じられます。昨日の雨の後であり、いま御幣が新しく付け替えられたところでしょうか。
    神社は「久須斯(くすし)神社」といい、久斯之大神(くしのおおかみ)という三茶屋集落に住む人たちの氏神様を祀っているようです。
    村の氏神様は、国家神道などとは縁遠い村に住む人による村人のための神様で、久斯之大神は医薬の神様でもあり、酒造りの神様でもあるようですから、村の人たちの生活にかかわりのある日々の安全や五穀豊穣を素朴に願ったのでしょう。
     村のお婆さんが石段を掃除し榊を供えている、そんな神社が私は好きです。

    ■私の好きな神社―「室生龍穴神社」

    伊勢本街道からはずれて室生寺に近づくと、天を指すような杉木立があり、陽の光は参道に鳥居と巨木の影を落とすのみで、そこから先の木立には光は届かず、しばらく目は暗さに順応せず、拝殿の姿は目に入りません。
    「室生龍穴神社」と呼ばれるこの神社の参道は、室生寺が観光客で賑わっている今日も、静寂と深遠そのものです。
    祭神は名の通り水を司る高?神であり、手水舎の龍口から清水が流れ落ちています。水には精霊や神が宿っており、日照りが続けば人々は龍に雨乞いしたことでしょう。
    水の神を祀る神社は、観光客で賑わい混雑する参道よりも、薄暗く深遠な杉木立の下で、龍の口から落ちるわずかな水音だけ聞える方が似合いです。

    村の小さな神社は、たいてい自然神の信仰と氏族神の信仰との混合であり、村の人たちが、日々神社の石段や境内を掃除し、拝殿の榊や手水舎の手ぬぐいを交換し、神社の世話をしています。そして国家泰安などという大きな祈願をするわけでなく、日々の村や家族の安全と五穀豊穣を祈るのです。
    旅の途中でそんな村の神社に立ち寄ってお参りし、木陰の石段に腰をかけて夏の午後のひとときを過ごすのもいいものです。

    (写真)
      1.水には神が宿る
      2.村の神社のすがすがしい御幣
      3.宇太水分神社
      4.鎮守の杜、久須斯(くすし)神社
      5.水の神、室生龍穴神社の森
    コメント2件を表示する 2011/07/25 12:42

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