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  • サークル名:原風景を歩く(O.C.)



    ■柏原宿―蓬(よもぎ)、艾(もぐさ)、焼処(やいと)

    街道の道幅は、他の宿に比べて予想以上に広いのですが、江戸期の町屋がそのまま残っているところを見ると、明治以降に道が拡幅されたわけでもなさそうです。この道幅から想像すると、かなり大きな宿場だったことでしょう。
    金木犀の香りが漂う広い道は、車もめったに通ることもなく、ときおり自転車をゆっくりこぐ人の姿や、こうもり傘を杖代わりにして、いたわりあいながら歩くお年寄り夫婦の姿に出会うだけです。
    ここが中山道六十九次の六十番目の宿、柏原(かしわばら)宿です。家々の柱や壁にベンガラの赤い色が残り、この町が江戸期に栄えた面影が感じられます。また街道筋の屋根や木々の隙間から、ときおり伊吹山の姿が見え隠れしています。柏原宿の歴史は、伊吹山抜きには考えられません。

    もう何十年も前のことですが、父が背中に艾(もぐさ)をつけ、線香で火をつけて、「やいと」をしていたのを憶えています。「もぐさ」とは、蓬(よもぎ)を原料にした「お灸」の材料であり、「やいと」とは、「お灸」のことです。
    「やいと」という言葉も、「もぐさ」という言葉も、私が子どもの頃には日常生活の中で生きていましたが、今では「わがままな子に『灸をすえる』」という言葉も死語となって、最近の子どもたちには通じないことでしょう。
    江戸期には旅立つときに足に灸をすえて発ったといいます。芭蕉も「奥の細道」の中で、「もゝ引の破をつヾり 笠の緒付替えて、三里に灸すゆるより、松島の月先心にかゝりて・・・」と述べているように、灸のためのもぐさは、旅支度にとって欠かせないものでした。

    伊吹山は古くから薬草の宝庫として知られ、もぐさの原料となる良質の蓬(よもぎ)が採れ、麓にある柏原宿では、もぐさが街道名物として売られていました。もぐさは旅の必需品であり、旅のお土産としても買われたのです。
    当時、柏原宿には10軒ものもぐさ屋があったようです。今は亀屋左京「伊吹屋」一軒だけとなりましたが、それでも営業は続いており、ガラス戸の中から、何かをこするような作業音が漏れ聞えてきます。

    ■江戸時代のコマーシャルソング「亀屋左京のきりもぐさ」

    伊吹もぐさ本舗「亀谷左京」は、六代目松浦七兵衛のときに大いに繁盛したようです。七兵衛の肖像画の写しを見ると、眉は太く古武士のような様相で、煙草盆を横において座っている姿は、ただの商人の顔ではありません。
    七兵衛は、近江商人として全国をまたに行商し、やがて利益があがると吉原で散財したといいます。しかしそれは単なる浪費ではなかったのです。
    七兵衛は、吉原の芸者を集め、長い間吉原に来て、儲けた金は吉原につぎ込んできたが、今宵はみんなにたのみがあるが、聞いてくれまいかと言いました。芸者たちが承知すると、「元来、私は江州柏原の艾(もぐさ)商人であるから、お前たちが毎夜お客の宴席で歌うときに、三味線に合わせて『伊吹もぐさ』の歌を歌ってくれないか」との話でした。
    その歌とは、「江州柏原 伊吹山の麓 亀屋左京のきりもぐさ」・・・なるほど。

    宴会の場で芸者に歌わせて宣伝するという手法は、今ならテレビのコマーシャルソングで商品を売り込んだり、サッカー選手に、商品名入りのユニホームを着せているようなものです。七兵衛は、江戸期に広告代理店のような能力を発揮していました。江戸期に、いわゆる「コマーシャル」の手法が芽生えていたようです。

    そういえば、安藤広重の「木曽街道六十九次の柏原」の浮世絵の中でも、柏原宿の場面には、「亀屋」、「かめや」、「薬艾」のなどの文字が刷り込まれており、浮世絵師と商人とが手を組んで、ちゃっかりとコマーシャルしていたことを、今この文を書きながら思い出しました。これはスポンサー企業が、テレビドラマの中に、自社の車や電気製品を組み込んでいるのと同じ手法といえましょう。

    さらに、浮世絵の中には、店の隣に休憩用の床机が描かれ、その奥に立派な庭園が描かれています。旅人はここで庭を眺めながら休憩できるようになっていたようです。床机にすわって休憩したかぎり、土産にもぐさを買ってもらおうという仕掛けだったのでしょう。
    ディズニーランドなどのテーマパークで遊んだ帰りには、ほとんどの客がキャラクターのお土産を買って帰るような仕掛けといえましょう。
    七兵衛さんは、なかなかの企画マンであったようです。

    ■江戸時代のキャラクター「亀谷左京の福助さん」

    さらに広重の浮世絵をよく見ると、亀屋の店先には、「福助さん」の像が描かれています。
    「福助さん」といえば、「足袋の福助」のことだと思っていましたが、元祖はもぐさの亀屋にあったようです。江戸期の亀屋に「福助」と
    コメントする 2011/10/16 09:59

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