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  • サークル名:原風景を歩く(O.C.)



    ■伊吹山は「白い猪」

    記紀によれば、東征を終えた日本武尊(倭建命―やまとたける)は、伊吹山の神を征伐しようと、山に登りました。日本武尊は素手で戦うからと、草薙の剣を美夜受比売に預けたまま山に登りました。登りはじめてしばらくすると、大きな白い猪が現れました。山の神の使いが変身しているのだろうから、たいしたことはないだろうと先に進みましたが、実はこの猪が山の神自身だったのです。山の神は大氷雨を浴びせたために、日本武尊は大きな痛手を被り、それがもとで伊勢の能褒野の地で死に至りました。

    無骨で男っぽい姿の伊吹山が、「白猪」だということは納得がいきます。伊吹山付近は、日本海から吹き付ける季節風のために天候不順地帯であり、日本有数の豪雪地帯でもあります。「白猪」とは、荒れ狂う雪をかぶった伊吹山の姿だったのかもしれません。「伊吹」とは「息吹」に通じ、呼吸のことです。この山にかかる雲や風雨は、白猪の荒々しい息なのかもしれません。

    ■薬草の山

    40年も前の夏のことですが、山麓からスキー場を抜けて、伊吹山に登ったことがありました。木陰の少ない登山道は日差しが厳しかったのですが、霧に包まれた山頂付近は、関西の山ではめずらしく、すばらしいお花畑だったことを憶えています。
    伊吹山は、全山石灰岩で覆われ、また日本海から吹きつける季節風が豪雪をもたらすために、山頂付近は樹木の生育が抑えられて、お花畑が広がっているのです。

    伊吹山に分布する植物は多様性に富み、そのうち約280種類が薬用植物です。古来、この山は薬草の宝庫であり、医薬品として取り扱われるものから民間薬として取り扱かわれるものまでさまざまです。特にこの山で採れるヨモギを材料にした「伊吹もぐさ」は効能が高く、中山道の柏原宿の名物ともなりました。伊吹山麓の薬草産業と街道筋の土産物は、切り離せない関係でした。

    そんな伊吹山の気候風土や地勢や歴史が、伊吹山特有の雰囲気をかもし出し、人の心に訴えかけて山の品格や歴史や個性を生み、この山を深田久弥の「日本百名山」のひとつに押し上げたのでしょう。

    ■かじられた伊吹山

    東京から新幹線で帰る途中、伊吹山を東南方向から眺めている内は問題ありませんが、西に回りこんだあたりで、異常な姿を目にすることになります。この大きな山が巨大怪獣によってかじりとられて、岩肌には痛々しい怪獣の歯形の跡さえ残っています。
    20世紀という高度成長時代が生んだ巨大怪獣の歯形です。石灰岩でできた伊吹山は、セメント材料の塊に見えたらしく、砕石場は目を覆いたくなる情景です。この山はもともと霊山であり、山岳信仰の山でした。山頂にはお花畑が広がり、薬草の山でした。霊峰伊吹の「白猪」は傷つき、瀕死の状態です。日本武尊の侵入を阻止した「白猪」も、20世紀という怪獣によって深手を負いました。もしかすると、20世紀の怪獣とは日本武尊の変身した姿なのかもしれません。千数百年前の日本武尊の怨念が、白猪退治をしているつもりなのでしょうか。そして21世紀に入った今も、怪獣は「白猪」を傷め続けています。白猪は息絶え絶えです。

    もはや伊吹山を近くから眺めるのは、見るに耐えません。雪が傷口を覆ってくれている冬に眺めるか、湖北の水辺の彼方から、霞んだ山容を遠望するのみです。

    コメントする 2011/10/30 11:48

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