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  • サークル名:原風景を歩く(O.C.)


    ■「串柿の郷」かつらぎ四郷

    うっそうとした九十九折れの父鬼街道を南下し、鍋谷峠を越えると、そこは紀州かつらぎの郷である。前方には、紀ノ川平野を隔てて、紀伊の山塊が幾重にも青灰色に重なり、紀伊の山深さを語っている。峠道から足下を見下ろすと、山腹の急斜面のところどころに、十数軒ばかりの集落がかろうじて崖に爪をかけ、道沿いにひときわ目立った柿色の線が描かれている。
    他の季節にこの峠道を越えていたなら、おそらく周囲の林に沈んで 集落を見落としていただろう。たとえ見つけても、この距離からでは、山中に忘れ去られた廃村にしか見えなかったかもしれない。
    ひとつ、ふたつ、みっつ・・・この季節ばかりは、山中の集落が、遠目にも鮮やかな色を放ち、村が確かに生きていることを、そしてそこに人の生活があることを、峠を越してきた人に手旗信号のように伝えようとしている。

    いま、峠を下り、紀州かつらぎの「串柿の郷」に向かおうとしている。かつらぎ山麓に行けば「串柿の郷」はあるのだろうと、詳しく位置を調べないまま、安易に出かけてきたが、どうやら間違いだったらしい。
    「串柿の郷」は、山麓ではなく深山の急斜面にあり、しかも地図の上ではすぐ隣同士に見える村と村とは、実は別の尾根にあり、隣村に行こうとすると、いったん麓に下りて、あらためて急坂を登らなければならない。

    対向車に出会えば、立ち往生しそうな九十九折れの山道を車で登ってみるが、途中で自信がなくなり、車を捨てて水筒とにぎり飯だけを持って、歩いて村に向かうことにする。
    あえぎながら登っていると、途中で子ども連れの母親が下ってくる。この子が麓まで歩いて下るのだろうか・・・。つい見栄を張り、背筋を伸ばして登りつづける。

    日当たりのいい道の脇にはカラスウリの実が熟し、つややかに陽の光を受けている。雑木林のそばには、誰も採らないグミが枝いっぱいに実っている。道はいくらか緩やかになり、風のあたらない南面の道は心地よく、途中で車を捨ててきたことが正解だったと思いながら登りつづける。まだ目指している村は見えてこないが、谷を隔てた斜面の村では、柿場で柿の世話をしている人影が見えている。

    「串柿の郷」は、かつらぎ町の「東谷」、「平」、「滝」、「広口」の村を総称して「四郷(しごう)」と呼ばれる地区にある。一反の田んぼもないこの山中の村に、「平」や「広口」という地名をつけた人びとの平地への願望が、涙ぐましくさえ感じられる。

    ■串柿の風景
    雑木林だった道は、やがて柿畑に変わるが、串柿用の柿はすでにほとんど取りつくされており、よく手入れされた木の下から、柿場に干されている柿の色が垣間見られる。
    ようやく村が近づいてくると、道の両側は背丈を越える柿場に挟まれ、まるで串柿の並木道である。干されて間もない柿は、実の丸味と柿の色を残したまま、晩秋の澄んだ光の中に浮かび、道に黒い影を落としている。串柿の列が、ゆるやかに曲がりながら、誘うように村へと導いてゆく。
    村に入ると、民家の周囲の柿場には、縦横にしかも何層にも重ねて、柿が干されており、柿場の中に入りこむと、そこはまるでジャングルジムであり、上を仰げば青空の下に柿が降り、四方はむせ返るような柿の色に包まれる。
    民家の庭先に立つと、干し柿の簾(すだれ)を透して下の民家の瓦屋根が見え、さらにその先には紀伊の山々が霞んでいる。

    村の周りで収穫された柿は、すべて村の道と庭の柿場に干され、村は柿色一色に染めつくされる。一年のほとんどの季節は、山中に埋没しているような静かな山村が、この季節だけは一年間蓄えてきた色を、いっときに鮮やかさに空に放っている。
    ここ四郷の郷は、こうして400年前から串柿の産地として、かつらぎ山中で生きてきた。
    正月前の季節に、一年に一度だけ柿の色を求めて、人が村を訪れる。
    村の道で出会ったおじいさんがつぶやいた。
    「ええもんやのう。この時期には、街から柿の写真撮りにきてくれる人が来てくれてのう」

    コメントする 2011/11/06 11:23

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