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  • サークル名:原風景を歩く(O.C.)


    ■ ふるさとに生きる―大久保にて

    いったん麓に下りて、隣の村、大久保を訪ねてみよう。
    つま先上がりの一本道は、自ずと柿場と民家が交互する大久保の村に導かれてゆく。
    ある民家の暗く大きな門の中には広い庭があり、庭に洗濯物を干すように柿が干されており、ときおり子どもがその下をくぐって遊んでいる。
    ある茅葺屋根の民家のそばには、わずか数個の実が残っているばかりの柿の木があり、黒い板壁を背に、柿の色だけが晩秋の陽に鮮やかである。実を採り忘れたのではない。きっと山の鳥たちのために、いくらかは残しておいてやっているのだろう。そんな鳥たちへのまなざしを感じる風習が、この村に残っているのかもしれない。
    やがて村の屋根を見下ろす高台までたどり着くと、お寺の境内まで柿場と化している。この季節、ほとんど平地のないこの村では、猫の額ほどの平地も柿場となり、村中が柿の色に染められている。

    なぜ、こんな高いところに村があるのだろう。
    「ここは空気も土も乾燥していて、串柿を乾かすのには、ええんやいしょ。麓の村でも串柿をつくってるけどなぁ、やっぱりここの方が質はずっとええわなぁ」
    品質のいい串柿は、空気も土も乾燥しているこの高地でないと作れないという。そのために、代々この高い山郷に住んでいるのだという。のんびりとした言葉の中に、そんな誇りと自負心さえ感じられる。
    土も空気もよく乾燥しているこの山中の村では、井戸を掘っても水が出ず、最近まで麓の滝まで水を汲みに行っていたという。風呂も同じ水を何度も沸かして使っていたという。「ありがたいはのう。水道は」
    水道が引かれたのはごく最近のことだという。交通はもちろん、飲み水にも不便な厳しい環境の中で、400年もの間、自慢の串柿が作られてきた。

    串柿の仕事を手伝いに来ている近所のお年寄りが、縁側に腰掛けて喋っており、前庭からは串柿の簾を透して、紀伊の山並が望まれる。
    「あの左端のちょっと高こなってるとこが、高野山の大門や。ええ眺めやでぇ」
    先祖代々、毎朝、縁側で近所の人とお茶を飲みながら話をし、ときおりこうして庭に立って紀伊の山並を眺めて暮らしてきたらしい。四季折々の紀伊の山並を遠望できるこの縁側と前庭には、都会の利便性とは交換できない何かがあるらしい。「ふるさとに生きる」という意味を考えさせてくれる郷である。

    コメントする 2011/11/22 05:52

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