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  • サークル名:原風景を歩く(O.C.)


    ■紀ノ川の一日 ― 早朝の水面

    左に葛城山脈、 右には高野山が潜む紀伊の山塊。その隙間を下る紀ノ川上流が、仄かに白みはじめる。日の出までにはまだしばらく時間があり、かわたれ時の橋の上に立っていると首筋が冷たくなり、マフラー代わりにタオルを首に巻いて、曙の広がりを待ちつづける。
    川原に下りてみよう。堤を下り、いばらの草むらに分け入ると、朝露が容赦なくズボンを濡らせ、やっと川原にたどり着いたときには、脛から下がずぶぬれになって冷えきっている。

    まだ陽の光を受けない対岸の墨色の木々を背に、ゆったりと下る淵の川面から、淡い乳色の朝霧が生まれ出る。朝霧は川面を覆いつくすことも、風に流されることもなく、川面からわずか子どもの背たけほどの高さに淀み、川面と岸辺の境を曖昧にしたまま、ゆっくりと上流に向かってゆく。
    ようやく山の端が薄紅色に染まりはじめる頃、薄墨色だった川面に仄々明けの空の色が映りこみ、わずかに色を含みはじめる。薄墨で描かれていた水墨画に、水をたっぷり含ませた筆で、仄かな淡い色をさしてゆくように、早朝の川面は姿を見せてはじめる。風もなく瀬の音ひとつしない、朝霧と仄かな暁光だけがつくりだす水面(みなも)の風景である。
    やがて川面には、朝霧に滲んだかつらぎの山々や岸辺の森の影が、色を帯びて姿を見せる。
    すると突然、背後で羽音が聞え、水面で眠っているようにしていた十数羽の鴨が羽ばたき、水面を蹴り、水しぶきを残して暁に向かって飛び立ってゆく。鴨の羽音は紀ノ川の夜明けを促し、それに応えるように、鵜の群れが渡る空は青みを含みはじる。
    早朝の紀ノ川という舞台に、川霧と暁光という舞台照明、そして鴨や鵜の群れは役者たちである。舞台は急に動きはじめた。
    光と霧と水鳥たちの舞台は終り、気がついたときには、小一時間が過ぎていた。そしてすっかり忘れていた足の冷たさがよみがえってきた。

    有吉佐和子が描いた「紀ノ川」の主人公「花」は、九度山麓のこの辺りから舟に乗り、下流の六十谷に嫁いでいった。



    コメントする 2011/12/01 02:21

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