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  • サークル名:原風景を歩く(O.C.)


    ■紀ノ川の一日―午後の川面

    午後になると、早朝の冷え込みが嘘のように、紀ノ川流域の野は穏やかな小春日和に包まれる。九度山の麓から高台に登って紀ノ川流域を望むと、朝は澄み切っていた両岸の空気は、晴れているにもかかわらず、山腹から下が白く霞みはじめている。
    朝霧にしては時間が遅く、谷間や川面から湧きあがっている様子もない。霞の流れも霧の軽さではなく、地表から生まれて家々の屋根の上に重くたなびいている。
    どうやらその正体は、あちこちの民家の庭や畑の片隅で、刈り込んだ木や落ち葉や藁を焼いている煙らしい。それにしても示し合わせたように、家々から狼煙(のろし)のような煙が上がり、村全体を覆ってゆく様は、いまもこの村が100年前からの共同体を守っている証のように見える。
    白く煙る村の情景は、有吉佐和子が描いた明治、大正、昭和の「紀ノ川」流域の情景と、さほど変わらないのかもしれないと思えてくる。

    もう一度川辺に戻ってみよう。温かい陽射しを求めて堤にやってきた老夫婦が、枯れ草の上に座り、川面を見下ろしている。
    家族で来ている女の子は、親の手を振り切って堤の上から、仔犬のように転がりながら斜面を下ってゆく。転がることがおもしろいのか、何度も堤を上っては、声を上げながら転がり降りてくる。
    父親と男の子は川原に下り、小石を拾っては、川面に反射する光に向かって、石を投げ続けている。川面はただ小さな音とともに小石を吸い込みつづけている。
    老夫婦が見下ろし、親子が小石を投げ続けている川面を、小説「紀ノ川」の「花」の祖母から「花」の孫に至る何世代もの紀ノ川の時間が下っている。
    紀ノ川は、祖母から孫娘へ、さらに曾々孫へと、女性から女性へと下る太く大きな流れであろう。

    ■紀ノ川の一日―暮れなずむ紀ノ川

    紀ノ川は万葉の時代から詠われてきた妹山と背山に挟まれて蛇行しながら下り、その先に薄い煙に滲んだ夕日が沈もうとしている。
    川下に向かって堤をたどると、夕日が水面に映って一瞬輝いたかと思うと、葦の繁みに姿を消してゆく。空と川面に残っていた夕映えの薄明かりも、やがて色を落としはじめ、川原や葦原はすでに漆黒の中である。
    もうしばらく、川面に映る夕映えの光を眺めていたい。昼間紀ノ川を見下ろしたあの高台に登れば、たそがれる空とわずかに映える紀ノ川の川面を望めるかもしれない。
    急いで戻ってみよう。坂道を登りながら眼下を見下ろすと、すでに葉を落とした柿の枝の隙間に、暮れ残る西の空が広がり、両岸ではひとつまたひとつと家々の明かりが灯りはじめる。西に下る川面は、錫箔まいたように、今日最後の淡い輝きを放っている。

    小説「紀ノ川」の主人公「花」は、舟から両岸の妹山と背山を眺めながら、下流の六十谷の村へと嫁いでいった。そして娘の文緒が生まれ、孫の華子が生まれ、三世代の女たちの血は、紀ノ川を舞台にそれぞれの時代に受け継がれていった。
    (写真)
      1.靄の広がる午後の紀ノ川流域
      2.靄の正体は畑の煙
      3.河原で遊ぶ親子
      4.たそがれる紀ノ川
      5.高台の上から暮れなずむ紀ノ川を望む
    コメント1件を表示する 2011/12/08 12:44

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