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  • サークル名:原風景を歩く(O.C.)


    ■雪の花折峠を越えて

    洛北から大原を経て、敦賀街道を北上すると「途中峠」と呼ばれる不思議な名前の峠を越える。このあたりから雪は深まり、「途中村」についた頃には、すっかり雪の中である。
    今では村を迂回するバイパスができて、幹道からはずれた「途中村」は雪に埋もれたまま声を潜め、わずかに南天の赤い実だけが、小鳥に声をかけている。
    村を過ぎると、道は九十九折れとなり急坂を登りはじめる。かつてたそがれ近くに、雨に濡れた木綿のキスリングに重いテントを背負って越えた花折峠に向かう道は、今日はみるみる降り積もる雪に覆われてゆく。シャベルカーが除雪した雪が、道の両側に壁を作り、車を駐車させる場所も、Uターンさせる場所もなく、ただ峠道を北上するしかない。
    しかし今では花折トンネルができて、車は旧花折峠を越えることはない。
    確かこのあたりで花折峠に向かう旧道の入り口があるはずだと探すが、雪道に道標も埋もれ、この季節に徒歩で峠越えをしようというもの好きの足跡も見られない。雪は旧道の面影も私の記憶さえも覆いつくし、もはや春までの長い眠りの中である。花折峠に立って、来た道を振り返れば、比叡山が見えるはずである。

    かつて若狭湾の魚を背負って京都に向かった人たちは、明朝には京に魚が届くようにと、夜を徹してこの峠を越えたことだろう。こうして脛までもぐってしまう雪に、足の指は凍え、くるぶしの感覚もなくしたことだろう。そしてようやく仄明るくなった峠に立って、彼方に比叡山を見つけたときに、はじめて京を感じたことだろう。

    峠を越えて坊村の明王院に向かう比叡山の修行僧たちは、この峠で今来た道を振り返り、樒の枝を折って比叡山に向かって手を合わせ、京の都に別れを告げたことだろう。
    この尾根は、仄かに京の香りを感じさせる南の山々と、どこまで山深いのか見通せない丹波の山々を遮っている。その一方で、この峠道は、そこはかとなく香る京文化と、若狭から伝わる日本海文化と、安曇川を遡ってくる近江文化とを結びつけ、交わらせてきた。
    驚いたことに、峠を越えた雪の中で、今日も店を開けている鯖寿司屋さんがある。若狭で上がった鯖を材料に、京都の店に卸している超高級な鯖寿司店だという。わずかに鯖街道の面影が峠道に残っていた。

    いま歩くと、かつてバスが通っていたとは信じられない細くカーブの多い旧峠道であるが、40年前には、確かに花折峠をボンネットバスが越えていた。バスが通じる以前の江戸期には、人や馬が通れるだけの道幅だったのだろう。バスが通じる時代になになると、バスが何とか通れる幅に拡幅されたのだろう。しかし今はときおり峠越えをするハイカーを除いて、バスも人も越えなくなり、藪が両側から忍び寄り、再び道幅を狭くしはじめている。

    ■ 中村から坊村へ

    ようやく峠を下り、ほっとしたところで中村の村に近づくが、幹道はかつてバスが軒先をこすりながら通っていた村にはそ知らぬ顔で、バイパスを通り過ぎてゆく。やっと車を停めて、村の道を歩いてみるが、除雪車も幹道優先らしく、村の道は雪が積もったままで、新雪に続く人の足跡だけが、わずかに人の営みを感じさせる。
    マスクの隙間から漏れる息が眼鏡を曇らせ、マフラからはずれた耳が冷たいが、雪はときおりやんで谷の間に青空がのぞくと、子どものように雪道を歩くことが楽しくなる。
    以前訪ねたことのある茅葺民家のおじいさんを訪ねてみようと歩くが、新雪には足をとられ、人の通った跡は、凍り付いてすこぶる歩きにくい。
    やっとおじいさんの家の前にたどり着くが、家も車も雪に埋もれ、縁側の雨戸も閉まったままである。雪解けまでは、町に住む娘さんのところに避難されているのだろうか。
    中村から坊村へはさほど距離はなく、普段なら旧道を難なく歩けるのだが、この脛まで積もった雪深さでは、どれだけ時間がかかるかも分らない。やむを得ず趣のない幹道に戻り、坊村を目指す。

    安曇川の縁に立つと、対岸の山麓に茅葺民家がたたずんでいる。再び降りはじめた雪で、山も杉林も民家もすべてモノトーンの世界である。濃い墨で強く描かれた水墨画ではなく、白い和紙に薄墨で描かれた水墨画の情景である。墨の色さえ押さえて、わずかな雪の陰翳を生み出す薄墨画である。
    北山の茅葺民家は、丹波山特有の勇壮な千木のついた屋根があり、近江様式の穏やかな屋根もある。ひと言で北山と呼んでいる地域においても、大堰川流域と由良川流域と安曇川流域では、もともと異なった文化圏だった。そして文化は川を遡って源流にまで届き、交流し混じりあっていったことだろう。
    コメントする 2012/01/15 09:07

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