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  • サークル名:原風景を歩く(O.C.)


    ■ 栗生峠を越えて
    洛北から神護寺や高山寺で知られた高雄を経て、さらに北上すると、いかにも繊細な北山杉らしい美林が続く。四十数年前には、清滝川沿いで中川という集落を通ったが、いまはバイパスとトンネルができたために、周山街道は集落を素通りして、まっすぐに北に向かう。ちょっと寄り道してみよう。その頃、女性たちが川沿いの道端で、床柱用の北山丸太を、砂で磨いているのを見かけものである。北山の生活と文化を象徴する風景だった。
    雪の中で、薄墨色の霧にわずかに北山杉の影が滲んでいるだけで、モノトーンの美の世界に引き込まれてゆく。このあたりは、川端康成の小説「古都」の舞台となり、東山魁夷の日本画の画材となった。北山もこのあたりまでは京の文化と美意識が染み渡っている。

    やがて周山街道は川沿いに北上し、四十年前に霧に包まれた九十九折れの峠道を登った記憶がよみがえってくる。トンネルができた今、あの峠道はどこに消えたのだろう。その峠道がどのあたりを越えていたのかも記憶から薄れ、やがてそんな峠があったことも、峠の名前さえも消えてゆく。廃道となった峠道は、記憶からも消されてゆく。今かろうじてその峠の名前が思い出される。確か「笠峠」と呼んでいた峠道である。

    道は、杉林の中を進み、次の栗尾峠を越えたあたりで、杉の幹の隙間から前方の村が、そして川の蛇行が見えはじめる。周山の村と大堰川の流れである。清滝川流域を離れ、栗尾峠を越えて大堰側流域に入ると、もはやそこは京都というより、丹波山中の小盆地といった方が似合う風景である。しかしこの雪の下には、なおも京文化が滲みこんでいる。このあたりはかつて朝廷の直轄地であり、都の建設に当たり材木を納め、応仁の乱の折には、都から難を逃れてこの流域に荷を運び、幕末には勤皇派のの山国隊として出兵していった。
    さらに、周山街は北上して深見峠を超えると、そこは由良川流域である。清滝川流域、大堰川流域、さらに由良川流域と、それぞれ京都文化圏、丹波文化圏、日本海文化圏と異なる文化圏をつなぐ峠道は、人を、物を、文化を結んでいった。


    ■ 雪の造形
    このモーグルの競技場のようにまーるく膨らんだ雪の下には、何があるのだろう。キャベツだろうか、ダイコンだろうか、それとも木の株だろうか。どうしてこんなにやさしく包み込むのだろう。
    土にできた小さなくぼみを、雪はどうしてこんなに優しい形に作り上げるのだろう。
    こんな細い枝に、こんな細い電線に、どうしてこんなにたくさんの雪が積もるのだろう。
    谷から下る細い流れを、雪はどうしてこんなに優しく挟み、包んでいるのだろう。
    屋根に積もった雪が、軒にまで滑ってくると、どうしてこんな不思議な姿になるのだろう。

    ここ数日で降り積もった雪は、道を、畑を、流れを、民家を、そして木々をも、すべて優しく包み込んでいる。切り立った崖も、でこぼこ道も、尖った姿の北山杉も、茅葺屋根の勇壮な千木も、雪は柔らかい姿に創りかえる。そして穏やかな姿の畑の畝の波も、茅葺屋根の姿もさらに柔らかく包みこんでいる。
    屋根から下る透明で尖ったツララや水面に張った氷に比べ、降り積もった雪の姿は、むしろぬくもりさえ感じさせる。氷の鋭角的な姿、色を含まない透明感、そして硬い感触に比べると、降り積もった雪は、柔らかく、白く、ふくらみを持っている。
    雪道を歩いていると、耳も鼻も痛いほどに冷たいのに、地表のすべてを柔らかくそしてやさしく包み込む雪のふくらみは、目にぬくもりを感じさせる。人は温度だけで冷たさやぬくもりを感じるのではなく、形や色をも含めて感じているものらしい。

    また、雪は地表の刺々しい姿のものも、見苦しいものも、すべて柔らかく包み込み、人の目にもやさしく語りかける。雪の造形に、人は本能的に母親の乳房を求める子どもの姿を思い浮かべ、大和盆地に古代人が造った墳墓を思い浮かべるかもしれない。雪の造形は、海岸の砂浜で無心に砂を積んで山をつくる子どもの姿を思い起こすかもしれない。
    雪の造形は、人の心の求める原点につながっているのかもしれない。
    雪は不思議な造形力をもった芸術家かもしれない。雪は不思議な治癒力をもった精神医かもしれない。



    ■ 茅葺屋根の雪

    一面に白い原が広がり、彼方の山麓に小さな集落がある。原に続く一本道を歩いて、村に向かってみよう。
    村の入り口には、真っ赤なポストが立っており、さらに進むと辻にお地蔵さんが真っ赤な涎掛けをして立っている。これがこの村の色で唯一の鮮やかな色。後はすべて白一色の風景である。
    茅葺屋根には白く厚く、やわらかな雪が厚く積もり、北面の軒先からはツララが下がっている。
    この家ではいま部屋で火を焚いているのだろうか。茅葺屋根の雪が溶け、萱の隙間からわずかに白い湯気か煙のようなものがうっすらとあがっている。ときおり小さななだれを起こして雪が滑り、庭に落ちる鈍い音が聞える以外に、村の音はすべて雪に吸い取られ、物音ひとつしない。白く丸味を帯びた雪は、茅葺屋根を、そして村全体をやわらかく包み込み、目には冷たさを感じさせない。
    ここ美山町の茅葺民家の特徴は、なんといっても屋根に取り付けられている北山特有の勇壮な千木の姿にある。この深い雪の中でも、黒味を帯びた千木は、兜のような勇壮さを保っている。
    村はずれの山すその木々の間に八幡さまの鳥居が見えている。初詣以来、神社を訪れる人もいないのだろうか、新雪で足跡もない細い坂道を登り鳥居をくぐると、突然大杉の枝に積もっていた雪の粉が光の中で舞い降りてくる。神様が歓迎のしるしのように。
    この村をはじめて訪れた野は、四十数年前、広河原から佐々里峠を越えて、由良川沿いに下り、ようやく平地が見えはじめ山裾に並んでいたのが、この美山町の集落だった。当時、京都北山の民家は、広河原あたりにもたくさん残っていたが、だんだんトタン葺きに葺き替えられるところが目立ちはじめていた。この美山町でも、やがて民家の茅葺屋根は、ほとんどトタン葺きに変わってしまうのだろう。そんな予感がした。
    それ以来長い間この村を訪れることがなかったが、再びこの村を訪れたときには、ほとんどの村で茅葺屋根が消えてゆく中で、この村では見事に茅葺屋根が復活していた。
    その間には、村の人たちが自分たちが村の将来像を描き、さまざまな意見を調整し、、実施に向けて実行にうつしてきたことだろう。それが「北山かやぶきの里憲章に現れている。
    1、『売らない』集落の土地や家を売ったり、無秩序に貸したりしない。

     2、『汚さない』家の周り、畑など集落全体を汚さない。

     3、『乱さない』集落の道路、山、家などの美観や集落の風紀を乱さない。

     4、『壊さない』重要伝統的建造物群に選定された集落景観や美しい自然環境を壊さな  
    い。
    5、『守る』店が立ち並ぶ観光地にせず、集落景観を現状のままで守る。

    6、『生かす』茅葺きの散在する集落景観を経済活動や村おこしに生かす。

    以前熊野古道の峠を越えたときに、茶店の女将が話していた。
    「この茅葺屋根は、京都の美山町の職人さんが来て、葺いてくれたのです」
    村の人たちの文化人材が、村の中だけでなく、他の地域にも広がりはじめているらしい。
    コメントする 2012/02/07 10:27

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