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  • サークル名:原風景を歩く(O.C.)



    ■杉のある風景―芦生杉

    北山杉といえば、床の間の磨き丸太に加工される繊細で優美な杉を想像しますが、京都北山の奥には、「芦生杉」と呼ばれる巨樹の森が人知れず生き続けてきました。その原生の芦生杉群は、手をかけて育てられてきた北山杉とは別の種類の樹にさえ見えます。
    北山の大堰川の支流、片波川西谷を遡って鍋谷山に向かう道は、三月とはいえ、雪の重さに耐えかねた杉が林道をふさぎ、森はときおり雪が舞う深い眠りの中です。すでに雪が解けているものと思って、スノーシューなしに登ると、足は脛まで雪に埋まる山道です。ようやく鍋谷山らしい山容が姿を見せると、ほどなく芦生杉の群生地です。地表を白い雪が覆う季節でなければ、この巨樹の森の中に光がさすこともなく、ここが行政上京都市内であることが信じられません。
    これから土俵入りしようというような姿の根と幹。力こぶを見せつけ、鼓舞するように腕を振り回している枝。太く低い声でつぶやいたかと思うと、突然暗い森に響きそうな大声をあげる幹の洞。百戦錬磨で鍛えた荒くれ者のような木肌。
    その様相は樹というものを超えた存在であり、毛蟹のモンスターが大地に根を張ったようにも見え、長い年月、この森に君臨してきた精霊といえるかもしれません。

    かつて芦生杉の群落は、北山北部に広く分布していたようですが、その後、芦生杉の巨樹は伐採られてテーブル材などにされ、群落の領域は少なくなりました。今では鍋谷山の尾根以外には、佐々里峠から小野村割岳に続く尾根や、桑谷山付近に潜むように生き残っています。
    今でこそネットによって、その姿や群生地が容易に紹介されるようになりましたが、私の若い頃には、芦生杉の巨樹のうわさを聞くだけで、当時の五万分の一の地図では、その群生地の場所を知る由もなく、自分の足で探すより法がありませんでした。
    しかし情報化によって広く知られるようになると、ともすれば観光業者がバスで大勢の観光客を連れて訪れたり、好ましくない人まで山中に入って山を踏み荒らし、生きものたちに傷つけたり、持ち帰ったりしかねません。
    芦生杉の森に入るには、森の入り口で巨樹たちに挨拶をし、巨樹たちに入山品格審査を受け、つつましく森の掟に従うものだけに許されるべきなのでしょう。
    巨樹たちにとって、静かな眠りを妨げられることなく、悠久の時間の中で千年の森に生きることこそ本望だったでしょう。
    また人間にとっても、うわさをたよりに、長い時間をかけて自分の足で幻の杉を探した方が、出会ったときの感動も大きかったかもしれません。


    ■白山登拝の象徴-石徹白の大杉

    石徹白を訪れたのはこれが二度目です。
    初めて訪れたときは、たまたま高山からの帰りにめずらしい地名に惹かれて訪れたときです。そのときには、「石徹白」と書いて「いとしろ」と読むことさえ知りませんでした。この地名の語源はどういうことなのでしょう。
    村に入ったところで地図を確かめると、八キロ先の白山登山道入り口に、大杉のしるしがついていましたが、残雪の三月のこと、白山仲居神社まで行くのが精一杯で、残雪の八キロの道を、今から徒歩で往復するには時間が足りず、それより先に進むのはあきらめました。

    いつか大杉の袂まで行ってみたいとの思いを残したまま三十年が過ぎ去り、ようやく今年出かけてみることにしました。
    そして今回は夏。白山仲居神社から続く長い道が途切れると石段がはじまります。長く細く急な石段を、吹き出す汗を我慢しながら登りつめると、突然小広い草地に出ます。そこにはしめ縄をつけた大杉が枝を空に向けて立っています。幹の途中から上は雷で破壊されたらしく、その姿が風雪に耐えぬいてきたこの樹に凄みと風格を与えています。
    ときおり白山に登山する人や下山してきた人影が樹の下を通り、樹を見上げてはしばし腰を下ろして休んでいます。人を圧するようにこの地上を見下ろしている大杉は、白山信仰の象徴であり、白山登拝の道標であり、白山の化身としか言いようがありません。白山という山の懐の深さ、白山信仰の清浄さ、千年単位の悠久の時間、それらを凝縮したものがこの姿なのでしょう。

    樹齢千八百年、周囲十三メートルの大杉に接すると、先ほど白山仲居神社で見た杉が若杉のように思えてきます。大杉全体を見渡せる木陰に座り、注連縄が似合う一本の樹をいつまでも眺めていると、飽きることはありません。 しばらく大杉の昔話に耳を傾けましょう。しかしこの大杉が見下ろしてきた千八百年間の物語を、三十分そこそこの時間で聴くのは難しいかもしれません。樹の下を抜けてゆく風は心地よく、初夏の午後の眠りさえ誘います。
    コメント4件を表示する 2012/03/06 11:04

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