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  • サークル名:原風景を歩く(O.C.)


    ■霧の杉―大峰の玉置神社

    昨夜からの雨が霧を呼び、薄墨色の山の姿をまだら模様に変えてゆきます。目の前の霧と山肌が織り成す情景は、和紙に水を含ませ、墨をたらして滲むがままに描いた、形のない姿です。
    大峰につながる紀伊半島の山々は、信州の山のように高く聳え立ってはおらず、幾重にも重なり合う山々が果てしなく続き、深い霧をまとって深山幽谷そのものです。紀伊半島南部には、「果無山脈」という名の山脈がありますが、まさにその名がつけられた由来が伝わってくる山容です。「大峰山脈」という言葉には、折り重なる地形だけでなく、熊野の湿りをまとった霧と、神代から続く時間さえも含まれているのでしょう。
    この霧に包まれた大峰山脈の深さが、神秘的な山岳信仰の山として、山伏たちを奥がけの厳しい修行に向かわせたのかもしれません。

    玉置神社に向かう九十九折れの細道は、重い霧に覆われた杉の古樹の下に続いています。梢はもちろん、数間先の幹さえも乳白の帳(とばり)に包まれて、参道を行く人は朦朧(もうろう)とした世界へと導かれてゆきます。杉の葉の緑も、幹の色も、幹を覆う苔も、すべて鉛を含ませたように重く沈み、森の音はすべて霧の中に吸い込まれ、物音ひとつ聞えません。ただ深い霧を透して、参道の両側に続く古樹の目と耳を頭上に感じるのです。
    どれくらい歩けば社にたどり着けるのか計りかねながら、根があらわになった道を歩き続けると、突然霧を透して、頭上から杉の古樹を揺るがすような重い太鼓の音が伝わってきます。太鼓の響きを伝って進むと、ようやく杉木立の隙間から、紗に包まれたような鳥居と社殿の屋根が滲み出てきます。
    社殿の格子の隙間から、白装束の神官らしい人影が見え隠れし、氏子らしい人が境内を掃いています。玉置山の風景とは、無言の杉の古樹と、杉の幹を響かせる太鼓の音と、杉を覆う乳白の霧と白い人影が生み出す情景といえます。「清浄」という言葉は、浮世の余計な色をそぎ取ったこういう情景をいうのでしょう。

    神武天皇が熊野の浜辺から八咫烏(やたがらす)に導かれ、大和の地を目指す折に、この玉置山に立ち寄り、身の安全を祈願したという伝説があります。
    しかし当時はもちろん「玉置山」という山の名前さえなく、紀伊半島の山塊があっただけでしょう。古事記には、ただ熊野に上陸したということと、熊野の山の荒ぶる神を押さえ、大和の吉野川川尻に至ったというだけしか記述されておらず、大軍が十津川沿いに大和に向かったのか、それとも後に行者の奥駆け道となった尾根道を通ったのかはわかりませんが、この深い山中をどのように移動したのでしょう。
    はたして大軍が移動できるような道があったのでしょうか。それは歴史上の道というより、伝説の中の幻の道なのかもしれません。

    玉置山の杉たちは、大峰山中に繰り広げられた伝説の真偽を知っているかもしれませんが、鉛色を含んだ重い霧は、もはや語ることを拒むように、幹を包みこんでいます。

    コメント6件を表示する 2012/03/20 11:02

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