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  • サークル名:原風景を歩く(O.C.)


    ■樹のある風景―銀杏

    晩秋の頃、たまたま旅先の車窓から、遠くの山裾に黄金色の炎のような樹を眺めることがあります。その主は銀杏の巨樹であり、光と交わる空気さえも黄金色に染め、その下には決まったように神社の小さな鳥居や寺の瓦屋根があり、落ち葉は土さえも黄金色に染めています。
    それらは村の小さな神社や寺であり、たいていその神社や寺の名前も憶えておらず、本殿や本堂の姿やその場所さえもおぼろげです。しかし遠くから山裾に見つけた予期せぬ鮮やかな色は、その旅の記憶に鮮やかに残っています。

    晩秋の佐久平を歩いているときに、神社のほの暗い片隅に鎮座する道祖神を、銀杏の落ち葉が周りを和ませるように囲んでいました。おもわず佇んで落ち葉の一枚を拾い、道祖神に供えたくなります。
    あるときには、丹波篠山に向かう途中に立ち寄った鎮守の杜では、もはや銀杏はすべて葉を落とし、参道を染める落ち葉にやわらかな光が降りそそいでいました。小春日和の道には、ところどころにぬくもりを含んだ小さな陽だまりが生まれていました。
    あるときには、美濃路の街道を大久手から細久手に向かう途中で、鳥居の前の小さな池の水面に、澄み渡った空の青さと銀杏の黄金色が映り込み、鮮やかな秋色を醸し出していました。美濃路の旅を思い返すとき、記憶に残っているのはこの空と銀杏の色です。
    あるときには、吉野川を遡った小さな村で、秋雨に濡れた銀鼠の屋根に、銀杏の葉色が映り込み、瓦に吸い付いた落ち葉が移りゆく季節を語っていました。
    そしてあるときには伊勢街道の脇道で、学校帰りの子供たちが、黄金色の落ち葉を踏み分けながら、心地よい音を残して坂を下ってきました。道に続く黄金色の銀杏の落ち葉は、子供たちにとって、浜辺の白砂や小池の青い水と同様、足で戯れる色道具なのです。
    このように、銀杏はあの遠くから秋の澄み渡った空を背にして黄金色の声で人を誘い、近づいた人を黄金色に染め上げ、その年の秋を締めくくります。
    しかし銀杏の魅力は黄金色の晩秋だけではありません。梅雨明けの頃、枝を広げ銀杏の古木の下に立つと、若い緑と初夏の光が滲みあい、空中に銀杏の精が湧き出してくるようです。幹も枝も決して脇役ではありません。幹の木肌には、古老の顔の皴のような威風が感じられ、枝先には青年の指先のような未来が感じられます。
    まもなく新緑の銀杏の季節が訪れます。新緑を楽しみましょう。

    コメントする 2012/04/23 10:30

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