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  • サークル名:原風景を歩く(O.C.)


    ■国のまほろば







    「やまとは、くにの まほろばじゃ~」
    以前、「麦秋」という映画を見たことがありました。小津安二郎監督の映画で、俳優は笠智衆、原節子。ずいぶん昔のことなので、記憶はさだかではありませんが、それは大和から東京の親類を訪ねてきた笠智衆扮するおじいさんのせりふであり、親類の者たちに一度大和を訪ねるようにと勧めていました。やがて東京に住む家族たちが、それぞれの人生のために家を離れてゆきます。そしてエピローグの場面では、大和盆地ののびやかな麦秋風景が広がっていました。もちろん白黒映画でしたが、私の記憶の中では一面黄金色の「麦秋」の風景であり、彼方に大和三山のどれかが霞んでいました。映像の中の風景は、大和に対する私のあこがれにも似た気持ちによって増幅され、大和盆地の野を黄金色に染め、大和三山を画面の中に配したのかもしれません。
    今では大和盆地から「麦秋」風景がほとんど消え去り、「麦秋」という言葉さえも死語になりつつあります。しかし、私の春から初夏に向かう大和の風景は、いつまでも「麦秋」であることに変わりありません。

    春浅い大和路を歩きました。
    ここ数日、晴れた日が続き、菜の花が咲きはじめた丘から見渡す大和盆地は、山懐に佇む小さな野に春の温もりをため込んでいます。そんな野で、畑を耕していた夫婦の影が背筋を伸ばし、こちらに声をかけてくれます。
    「白鳥さんへ、よう来てくれましたなあ。どちらから」
    こんもりとした小さな森がふくらみ、残り梅の色が黒い森へと誘っています。
    そして帰り際に、奥さんが畑の隅に咲いていた花を束にして渡してくれました。
    「これ、持って帰り」
    それが何の花だったかは忘れましたが、帰り道にほのかな花の香りが漂っていた記憶が残っています。
    この森が、「倭建命の白鳥陵」。
    倭建命(日本武尊―やまとたける)が東国を遠征して荒ぶる神々を鎮めた後、伊吹山の神との戦いに敗れて傷つき、やっと伊勢の国の能煩野(のぼの)の地にたどりつき、その地で死におよんでの詠んだ歌。

    「倭(やまと)は 国のまほろば たたなづく青垣 山隠れる 倭しうるはし」
    (倭建命)


    倭建命は能煩野から白鳥と化して飛立ち、終焉の地として求め、たどり着いたところはこの大和盆地でした。
    「ふるさと」とは、なつかしい「生まれ故郷」であり、また心休まる「終焉の地」でもあります。能煩野から大和に飛来したと伝えられる「白鳥」は、万葉人のふるさとへの思いを象徴しているとも言えるでしょう。

    少年時代には、「まほろば」という言葉の意味さえ知りませんでしたが、この歌を読み、この言葉の響きの中に、なんとなくそのニュアンスを感じ取っていました。
    また、葛城山の中腹から、早朝の薄靄の中に耳成山や畝傍山の影が浮かんでいる大和盆地を望み、三輪山近くの丘から夕暮れどきの二上山の影を望むと、辞書で「まほろば」の意味を調べなくとも、自ずとその意味が伝わってくるのです。大和の野や丘を歩き、古事記に触れ、万葉の歌に触れれば、もはや辞書は必要なさそうです。
    今は、大阪から生駒山を越えて大和盆地にも開発の波が押し寄せてきていますが、そでも葛城山山麓から飛鳥にかけての大和盆地南部の野は、現在に至っても、依然として「国のまほろば」であり、「日本人の心のふるさと」であることに変わりありません。


    コメント15件を表示する 2012/05/09 11:19

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