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  • サークル名:原風景を歩く(O.C.)









    三輪山―額田女王(ぬかだのおおきみ)の想い

    晩秋のある日、山之辺の道を三輪山山麓の大神神社(おおみわじんじゃ)から北に向かいました。檜原神社に着き、いま来た道を振り返ると、三輪山が私の後姿を見下ろし、参道近くの池の畔に立つと、黄葉を終えたばかりの三輪山が水面(みなも)に影を落としています。
    やがて道は寺の古木が影を落とす漆喰塀に沿って進み、小さな集落に吸い込まれると、細道を挟む家々の甍(いらか)の上に、三輪山が霞んでいます。景行天皇稜の堀を巻きながら後を振り返ると、やはり野を隔てて三輪山が私を見送っています。ひと休みしようと、農家の縁側でお茶をいただいていると、土塀の彼方に三輪山の姿が浮かんでいます。
    山之辺の道を北に向かう人は、常にたおやかな三輪山の影を背に感じながら歩くことになります。

    中大兄皇子の近江への遷都により、額田女王もこの道を伝って飛鳥から北に向かったことでしょう。飛鳥を去るにあたり、去りがたい想いで三輪山を振り返ると、三輪山に雲がかかっていたのでしょう。

    「三輪山を しかも隠すか 雲だにも 
             情(こころ)あらなむ 隠さうべしや」  (額田女王)

    せめて雲だけでも、情けがあれば三輪山を隠さないでほしい・・・・額田女王はそんな想いで三輪山を振り返ったことでしょう。
    三輪山は古くから神の宿る神体山であり、また飛鳥人にとっての「ふるさと」の象徴でした。三輪の神が飛鳥を去る人を見送り、飛鳥に戻る人を迎えてきました。額田女王が近江に向かう折に、振り返って眺めた三輪山を、やがて壬申の乱後に、近江から飛鳥に戻る折に、前方に仰ぎ見て、「ふるさと」を感じたことでしょう。

    小学校の校歌を思い返したとき、歌詞にいつも仰いできた山の名が入っていなかったでしょうか。そして卒業してふるさとを離れ、やがて退職してふるさとに戻ったときに、山麓からふるさとの山を眺めたことがないでしょうか。古代もそして現在も、幼い頃より日々仰いできた山は、「ふるさと」の代名詞なのでしょう。

    コメント4件を表示する 2012/06/28 22:58

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