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  • サークル名:原風景を歩く(O.C.)






    八ヶ岳のナナカマド
    「ああ、これで今年の秋は終わってもいいです」

    八ヶ岳の天狗岳から麦草峠に向かって、ひとり尾根道を下っていました。
    心地よい坂道は、まっすぐ西に向かい、夕陽はすでに私の目の高さまで下りてきていました。
    そのとき、背後から追いついてきた足音が私に並びました。「こんにちは~」二十代の青年です。彼は私に歩調を合わせて、しばらく一緒に並んで山道を下りました。そのとき彼と何をしゃべったのかは記憶がありません。彼の顔もまったく憶えていません。
    多分一緒に歩きながらも、正面から顔を合わすことなく、お互いの目は北八の樹林の彼方に向いていたことでしょう。そして最後に青年は、「ああ、これで今年の秋は終わってもいいです」、そんなひと言を残して、足早に石のむき出した坂道を下ってゆき、みるみる彼の背中が小さくなって、茂みの中に消えてゆきました。

    彼の最後のひと言だけが、いつまでも私の記憶に残っています。そしてナナカマドが真っ赤に燃え、西に傾いた夕陽がナナカマドをいっそう赤く染め上げていたことが、私の脳裏に色あせることなく焼きついています。
    あのときのナナカマドと夕陽が生み出した色は、彼にそのひと言を残させたのかもしれません。
    おそらく私も同じことを感じていたのでしょう。「紅葉が美しい」とか、「夕日がすばらしい」とか、そんな言葉は要りませんでした。

    それが何年前のことだったのかは忘れてしまいましたが、不思議とその日が十月十日だったことだけは憶えています。そして毎年紅葉の季節はめぐってきますが、それ以来、山の紅葉の一番美しい日は、私の中で十月十日と決まっているのです。

    コメント6件を表示する 2012/09/02 22:00

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