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  •    変な話ですが、そのように考えるきっかけは、小学生の時、熱いお風呂に我慢して入っていて、水を飲んだらとびきり「おいしい」と思えたこと。でも実際、うちの劇団は大人の男性客が多いです、特におひとり様が。公演には毎回、仕事帰りの男性サラリーマンたちが、当日券売りに並んでくれます。ラッパ屋の芝居も、出てくる人たちは全然さえない、普通の人たちだけど、目線を変えればちょっと風通しがよくなる、というところを見せたりできればと思っています。
      俳優陣にイケメンがいないっていうこともあってか、「水曜どうでしょう 祭り」と重ねてみてくれている人が多いみたいです。 それならそれをいかに面白く見ていくか、というのが僕の考え方なんです。僕は悪人を書けないのが弱点だと言われているんですが、これは僕の性分で、どんなに嫌な人でも、弱いところとか、愛嬌のあるところがある筈だと思いながら描いてしまう。たとえば、ものすごく威張っている人が、しゃっくりが止まらなくなったら?
      ふと、「今、僕は砂漠の中を歩いてきて、のどがカラカラの状態でこの水を飲んだとする。するとこの水にはとてつもない、100万円くらいの価値がある。これじゃないか」とひらめいたんです。 そうすると、面白い方に転ぶじゃないですか。嫌な人でも、その時々の観点や付き合い方によって変わってくると思うんですよ。そう考えれば、どんなにネガティブなことも面白がれるし、楽しくなる。「長屋の花見」の精神かな。僕は落語も好きなんだけど、落語の登場人物たちってみんな貧しくて、頭もよくないです。
    コメントする 2013/08/16 14:29