スローネットは新サイトに移行いたしました。今すぐアクセス

  • サークル名:写真しりとり

     みなさん、こんにちは。

     こちら陽はさしているものの風があり寒いです。

    写真は江戸時代に逢坂山の峠道に敷かれていた車石です。
    花崗岩に車の轍(わだち・車輪を通すための溝)を掘り、
    二列に並べた車石が、大津から京都の三条にかけての
    約3里(12km)に敷き連ねられ、荷車が峠を越える手助
    けとなりました。
     西洋のレールとはまったく逆の発想で、考えだされた
    方法ですがおもしろいですね。

     それでは、すみこ さんの「カエンボク」に繋ぎます。
    タイトルはそのまま「車石」です。



     鉄道が引かれるまで琵琶湖は、北海、北陸からの海
    産物や米等を京都へ運ぶ重要な水運でした。
     少し前にこのコーナでアップした「一番丸」が活躍し
    ていました。
     それら多くの物資は、大津港から馬車、牛車により
    逢坂山、九条山を越えて京都へ運ばれて行きました。
     しかしながら逢坂山は、大津側に逢坂峠、京都側に
    日ノ岡峠があり通行の難所でした。
     そこで、1805年(文化2年)京都の心学者脇坂義堂が
    一万両の工費を投じて工事にあたったもので、これに
    よって牛車などによる荷物の運搬が楽になり、円滑に
    進むようになりました。

     また、その当時描かれていた図からは、道はすでに
    歩道と車道に分けられていて、歩道は車道よりも高く
    してあり、通行の安全と車の通行の邪魔にならない様
    に配慮してあった様でこの設計には驚きです。
     また、車石は単線の為、午前は京都行き、午後は
    大津行きと、時間による一方通行になっていたとのこ
    とで、このシステムにも感心しました。
    コメント10件を表示する 2015/02/14 14:12

    写真しりとりのイメージ

    写真しりとり

    サークル
    パブリック
    誰でもフォロー可