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著者=檜山良昭 プロフィール

第11回 放屁は罪か 明治の大論争

○押上の土手で

イメージ  その前代未聞の事件は明治6年2月8日に起きました。
 東京は吉原京町の女郎屋「喜勢長」の「遣り手婆」である「おきよ」(54歳)が亀井戸天神に参詣しての帰り道に、押上の土手で「おなら」をしたというのです。薄暗いし、人影も見られないので、安心して一発、放ったのでしょう。
 ところが、運悪く5間ほど離れた位置に羅卒(巡査の前身)がいて、音を聞きつけた。5間は約9メートル。「おきよ」もすかせばなんのこともなかったが、つい油断して思いっきり大きくやってしまったらしい。
 羅卒は「オイ、こらこら」と「おきよ」を呼び止め、「貴様、いま屁をこいたであろう。番所まで来い」と言い、連行した。そして、罰金75銭を申し付けて彼女を解放したのです。
 罰金を払わなければ、ムチ打ちの刑である。ムチ一つは5銭5厘と決まっていた。74銭はムチ13回である。
 銭湯代が1ヵ月の自由入浴で20銭という時代である。開通して間もない新橋横浜間の鉄道運賃が下等で50銭である。「おきよ」はムチ刑よりも罰金を選んだが、決して安い金ではない。「おなら一発で75銭では、あまりに高すぎる」と憤慨して、警視庁に抗議をしました。

○明治5年の風俗改正条例

 なぜこうした「珍事件」が起きたのかといえば、明治5年に政府は「西洋人に見られたら笑われるし、恥ずかしい」というので、こまごまとした風俗改正条例を布告しました。これには罰金が150銭から75銭までの「違式」(いしき)と、12銭5厘から6銭2厘5毛の「註違」(ちゅうい)とがある。「違式」とはマナー違反の意味です。「註違」とは「注意」です。
 「違式」だけでも約40ほどの条項がある。立小便をする、裸で往来を歩く、男女混浴をする、春画や淫具を販売する、刺青をする、男女の相撲を興行する、蛇つかいなどの醜態を見世物にする、馬を走らせる、人力車を並んで走らせる、御輿を揉む、他人の山林でたけのこやきのこを掘る、犬猫の死骸を捨てる、犬を喧嘩させたり、けしかける、犬を放し飼いにする、落書きをする、渡し舟を待たせたり、その賃金を払わない、橋の杭に船をつなぐ、他人の舟をかってに使う、大凧を揚げる、道なき場所を歩く等など。提灯なしの馬車、蓋のない糞桶、火事場の野次馬、金の無心、墓での供物泥棒、野火、女の断髪など等もあります。
 「違式」と「註違」で百ぐらいはある。さらに42項目の「小言」(こごと)というのがあります。これは「註違」以下の行為であって、羅卒から口頭で注意を受けます。暴飲暴食を好む、客に酒を強いる、身体衣服を不潔にする、人と約束して時間に遅れる、やせ我慢をする、婦人役者に恋着するというのもある。市外に塵芥を投棄する、婦人裾をからげ、すねを現すこともある。婦女に歌を教える、小児の頭を叩くも「お小言」です。
 こういう条例がいちどに布告されたのですから、「今日から守れ」と言われても、国民はとまどうばかりでしょう。「おきよばあさん」は「違式」違反ということで、罰金を科せられたわけですが、「往来で屁をする」というのは条例にはありません。羅卒の思い違いだったのです。

○世論を二分する大論争で福沢諭吉先生も登場

 この事件が「新聞雑誌」という新聞で報道されると、識者の間から賛否両論が巻き起こりました。「横浜開化新聞」は「往来での立小便を禁じたのだから、屁も禁止して違式に付け加えよ」と、文明開化の観点から禁止を主張すれば、「中外新聞」は「放屁は人間自然の摂理であり、他人に迷惑をかけなければ許容すべきである。文明国であるイギリスやフランスでも、路上での放屁を法令で禁じてはいない」と、「放屁自由論」を掲げる。
 「乗合馬車や劇場や寄席や銭湯などの衆人が集まる場所で平気で屁をする者がいる。特に湯船などでは、鼻先にやられるとたまったものではないから、やはり取り締まってもらいたい」という読者の投書もあれば、「取り締まると言ったって、音がすれば誰がしたかわかるが、すかされたなら罰金の取りようがないじゃないか」という反論投書もある。
 「中外新聞」の記者が福沢諭吉先生のご意見を聞きに行ったら、「あのようなものを腹中に貯めておいては毒ですから、私はしたいと思いましたら、人前であろうがなかろうが外に出します」と答えた。
 「万国新報」で洋行帰り学者である林薫は、「立小便が宜しくなくて、放屁が宜しいというのは腑に落ちぬ。西欧ではエチケットと言って、立小便も放屁も人前ではせぬという観念が行き渡っているから、法律で禁じずとも、する者はいないが、我が国は野蛮から開化の過渡期にあって、左様なる観念は乏しい。両者ともに法律で禁じるべきである」と書いた。
 漢方医の井城抱斎も論争に参加し、「古来より屁の三得と申しまして、その一は腹がすっとして気持ちが良い、その二は肛門の塵を払って気持ちが良い、その三は人にかませて気持ちが良い。屁ひとつは薬千服に勝ります。川柳にも、『姑が屁をひったので気がほどけ』などとありまして、人間親和にも効用がございます」と、放屁を弁護した。

○江藤新平の“英断”

 こうした是非を巡る論争に、「東京日日新聞」が「国政多難なる折に屁のような放屁論争にいつまで明け暮れるのか」と疑問を呈した。これに押されたのか、司法卿の江藤新平が、「糞小便は形があって目に見えるが、屁は形がないから見えない。そこがちがう。証拠が残らないから、していないと言われればそれまでである」と英断を下し、「放屁は構いなし」という通達を出した。
 これにて世間を賑わした放屁論争も一件落着。「おきよ」は75銭の罰金を返してもらったが、押上土手での一発がこうした騒ぎになるとは夢にも思わなかったろう。今日、満員電車の中でプッと落としても、警察に突き出されないですむのは、まさに彼女が一石を投じたため、いや一発を落としたためでしょう。もしも江藤新平が逆の判断を下していたら、痴漢並みの扱いを受けているかもしれません。

 おならを題材にした狂歌の秀作です。
  「武蔵野の月と題して詠める
   すかし見ればひるかとぞ思う武蔵野のくさきを分けて出ずる月かな」

(四方赤良作)

【画】羅卒の図。武器として剣の代わりに六尺棒を持たされたので、情けなくて泣いたと言われます。後に「巡査」と名称を変えました。

[編集室より]著者の親族にご不幸があり、1月31日、2月1日は休載させていただきます。ご了承ください。

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