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第174回 江戸を騒がせた延命院事件

[檜山良昭の閑散余録]第174回 江戸を騒がせた延命院事件

僧呂と奥女中

昨日は「晒し刑」に処せられるのは、「主殺し」、「女犯僧」、「男女心中の生き残り」の3者であると書きました。
今日は「女犯僧」について書きましょう。
江戸時代、異性と交わるのが許されていない職業がふたつありました。ひとつは江戸城や大名屋敷の奥勤めの女中。もうひとつは僧侶です。
奥勤めの女中、略して「奥女中」は江戸城だけでおよそ3000人。江戸に屋敷を置く約270藩の大小名の奥女中の人数はわからないが、平均30人としても、およそ8000人。
合計すれば1万人を越えている計算です。
いっぽう、僧侶の数は文化12年の江戸の人口調査では2万6090人を数えている。宗旨で妻帯を認めている浄土真宗を例外として、僧侶、つまり坊さんは妻帯はもちろん、女性と交わるのも戒律によって禁止されていた。
大人の皆さんは、この「交わる」という意味。わかりますよね。
いっぽうには、男性と交わるのを許されない、1万人を越える奥女中がいる。片方には女性と交わるのを禁じられている、2万人を越える坊さんがいる。

奥女中の寺参り

幕府は奥女中と坊さんにセックスを禁じておきながら、奥女中の寺参りを公認していた。
奥女中が「奥」と呼ばれる御殿から外の世界に出られるのは、親兄弟の病気見舞いや葬式と、信心のための寺参りだけだったのです。
親兄弟の病気や葬式は、そう何度もあるわけではない。となれば、先祖の墓参りだの、信心のためだのという名目をつけては、ちょくちょく寺参りをすることになるのは性情の赴くところです。
性に飢えている奥女中が、これも飢えている坊さんの許に出かける。一度ならず、再々出かければ、歌の文句ではないが、「こうして、ああすりゃ、こうなると……」でしょう。
幕府は片方では性交渉を禁じておきながら、他方では訪問を許可しているだから、矛盾することおびただしい。
つまり、幕府も「信仰」という名目には勝てず、目につかないようにこっそりとならやむをえないと黙認していたわけです。

谷中延命院が噂に……

ところが、享和3(1803)年、「谷中延命院がおかしい」という噂が流れるようになった。延命院に多数の奥女中が出入りしていて、御乱交らしいという評判が立ったのです。
噂が立てば寺社奉行も座視するわけにはいかない。で、寺社奉行の脇坂淡路守安董(やすただ)が内偵を進めると、江戸城大奥の高級女中らが延命院に出入りしている、そして住職の日道(にちどう、
※日潤とも称される=編集室注)らと関係を持っているらしいと掴んだ。
延命院は日蓮宗中山派の寺です。中山派というのは加持祈祷で信者を増やしてきた日蓮宗の一派であり、日道も加持祈祷をやっていた。
ただし、当時いいかげんの噴飯モノだったらしい。
たとえば、子供の夜泣きを止める祈祷とは、「夜泣きすと、ただもり立てよ末の世に、清く栄えることもこそあれ」という、歌だか呪い句だかわからない言葉を3行書いた紙を子供に飲ませるだけ。
また、「好きな男と添いたい」という若い女性の訴えには、「我が思う、君が心も離れるな。思いつきなり、思い合わせよ」という文句を書いた紙。
疱瘡除けの祈祷では、「昔よりすることなければ、もはしかをするとも死なじ 神かきのうち」という文句。
ようするに、適当な文句を紙に書いて、それを飲ませるだけの、じつに安直な加持祈祷なのです。
そろそろと後家を邪法に勧め込みという川柳を思い起こさせます。

男前の日道

この日道という悪徳僧は歌舞伎役者の尾上菊五郎の息子であり、少年のころは父の菊五郎とともに舞台に立っていた。
しかし、何を思ったのか、二十歳頃に出家して日蓮宗中山派に入門、延命院の住職となっていた。
歌舞伎役者の息子だけに、男っぷりは良かったのでしょう。じつのところ、延命院を詣でる女性たちは、加持祈祷などはどうでもよくて、男前の日道に熱を上げていたのかもしれません。
判決文によると、日道は60人ほどの女性と肉体関係を結んでいたと言います。
ただ、1回限りではない。同時並行で永続的に60人の女性と関係していたというのです。誰です、「うらやましい」なんて言うのは。
日道を目当てに延命院に来る女性は60人ではきかなかった。あまりに多くて、自分だけでは世話しきれない。このために寺僧や知り合いの歌舞伎役者にまで相手をさせていた。
60人と言うのは、自分が相手にできる限界だったのでしょうな。
月に1度の寺参りとしても、60人は日に2人です。毎日、2人の女性を相手にしてごらんなさい。金のためとはいえ、コリャ地獄の責め苦でしょう。
逮捕摘発されたとき、彼は40歳。いかな精力絶倫の「腎張り男」でも、60人はキツかったでしょう。逮捕されて、日道さんもホッとしたのではないだろうか。

脇坂安董が摘発に

脇坂寺社奉行が内定させると、奥女中ばかりか、旗本の夫人や町屋の後家まで、あれやこれやの女性が頻繁に延命院に出入りしている。
加持祈祷は寺参りの口実であって、寺の中は乱れに乱れた状態なのがわかった。
享和3年5月22日早朝、脇坂は配下の与力同心たちを延命院に踏み込ませ、日道をはじめ寺僧たちを捕縛、自分の屋敷内に設けた牢屋に放り込んだ。また、延命院に出入りしていた女性たちを呼び出しては事情を聴取した。
彼はこの機会に乱れた大奥女中に鉄槌を下し、粛清をしようともくろんでいた。ところが、大奥女中の抵抗を受けて、老中たちがびびってしまうのです。

延命院事件を詠んだ狂歌です。日道は晒しの上に死罪でした。
「延命院 ならば命は延びように 短命院で首はころころ」

[檜山良昭の閑散余録]第174回 江戸を騒がせた延命院事件

【絵】僧侶の晒し場面です。頭を丸めていることから、「さらし団子」と哂(わら)われた。延命院事件に先立つ寛政8年8月には、吉原遊郭の周囲に検問所を設けて、朝帰りの僧侶を一斉逮捕した。このときの逮捕者は69人にのぼり、三日晒しの上に寺持ちは遠島、所化(しょけ)は寺から追放という厳しい処分でした。『巷街贅説』という本に、そのリストが載ってますが、最年長者は60歳、最年少者は17歳です。17歳といえば満16歳です。マセた小坊主もいたのですね(小野武雄編集『江戸時代刑罰風俗細見』から転載)。

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