浮世絵春画名品集成
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第4巻 柳川重信【柳の嵐】

柳川重信

(やながわしげのぶ)

柳の嵐(やなぎのあらし)

「【柳の嵐】大判錦絵秘画帖」より抜枠(解説=林 美一)

 私が、序文一枚と付文二枚を含むこの大判錦絵十二枚組物を手に入れたのは、もう三十余年もむかしのことになる。
 当時、私は映画会社大映の京都撮影所の宣伝課につとめていたのだが、趣味の江戸文芸を生かした著述をしたいと思い、ささやかな知りあいの有光書房坂本篤(あつし)氏に相談したところ、箇条書きにしたテーマのなかから、浮世絵師の歌川国貞(うたがわくにさだ)を選んで単行本としての執筆を依頼してきたのであった。
 が、さてそうなると手持ちの国貞だけでは執筆の資料として足りない。至急収集わくを拡げ、国貞の浮世絵を求めたが、そのときに名古屋の某氏から送られてきたのが本作品であった。
 しかし一見して、なるほど歌川派の作品ではあるが、国貞とは見えず、さりとて捨てがたいものがあり、二考三考の結果、結局手許(てもと)にとどめることにした。これが本作品入手のいきさつである。
 私は本作品の絵師を、葛飾北斎(かつしかほくさい)の弟子、柳川重信(やながわしげのぶ)(1787~1832)と断定したい。
 理由は、全体的に歌川派の色が非常に濃厚でありながら、その中に見られる力強い北斎色である。
 たとえば、第三図における芸者の女陰の陰裂描写であるが、この小気味よいばかりの、縦一文字の描線は北斎派の絵師以外の何者でもない。犯そうとする醜い男性の容貌も、また重信のものである。重信の絵は少ないから馴染みが薄く、普通なら、一見しただけでなかなかここまではわからないのだが、幸いなことに、私は曲亭馬琴(きよくていばきん)の作品が好きで、代表作の『里見八犬傳(さとみはつけんでん)』を原本で読んでいたから、その挿絵を執筆している重信の絵にもひどく親しみが深かった。そのため一目で重信だとわかったのである。ただし、底本に原題簽(だいせん)を欠くため、柳川の一字をとって仮に『柳の嵐』という題を付けた。
 重信の枕絵はまだ他にもあるのだろうが、一向に見たことがない。しかし、この組物は、彼の一代の傑作たるばかりでなく、江戸枕絵史のなかでも、十指に入る傑作と言ってよいであろう。特に唐人(とうじん)や南蛮(なんばん)人を取り入れた冒険心が良い。それがかならずしも成功したとはいえないが、枕絵組物としては、抜群の趣向といえよう。
 重信は一般作品も比較的少ないので、ここにはその代表作品の一部を掲げておく。時代は主に1810年頃(文化中期)から1830年代初め(天保初期)までで、ほとんど絵本類だが、なかには錦絵や肉筆画もある。

◎解題

 重信は1787(天明7)年、志賀理斎(しがりさい)の子として江戸に生まれた。本姓は鈴木だという。通称は重兵衛。師なくして、よく北斎風の絵を描いた。初め本所(ほんじよ)柳川町に住んでいたため、人呼んで柳川町の重信と言ったのだが、いつしか柳川重信となり画名となった。かつて本所一つ目弁天の床屋の障子に、野伏(のぶせ)りの乞食が丑(うし)の刻(とき)参りの女を犯そうとするところを描いたところ、北斎の高弟の魚屋北渓(ととやほつけい)がこれを見て、その筆力に驚き、勧めて北斎門に入門させたが、うまくいかず結局破門されてしまった。それより重信は浮世絵版画の筆をとって生活しようとしたが、北斎が邪魔をして版元に描かせないため、これを見た戯作者の柳亭種彦(りゆうていたねひこ)が仲を取り持ち、ようやく和解したといわれる。(よって柳川の柳は、柳亭の柳だとの説もある。)
 重信はのちに北斎の長女を娶(めと)り、北斎から雷斗(らいと)の号を譲られている。1811(文化8)年に25歳で初めて種彦作の草双紙(くさぞうし)に挿絵の筆をとって以来、五十点近い草双紙・読本(よみほん)・狂歌本などに精力的な仕事をのこし、一時は大坂でも活躍したが、ほどなく江戸に戻り、1832(天保3)年、閏(うるう)11月28日、数え年46歳で没した。下谷坂本の宗慶寺に葬る。辞世の句は「投入れの水もとどかず柳かな」である。門人の重山が二世重信を継いだ。
 本作品は画帖の形でなく、付文二枚を含めて十四枚を横に貼りついであるだけなので原題も書型もわからないが、恐らくは帖型式の一帖ものであったと思われる。前述のように『柳の嵐』と仮題して刊行することとしたが、もし他に所見の方があれば、お知らせ頂きたいと願うものである。病中のため簡単な解題でお許しを乞う。


掲載作品例



【第十図】

【第十二図】

【第十図】
【第十二図】
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【第十図】

 輪姦図である。男たちは駕籠屋(かごや)連中でもあろうか? あばれる娘を四人がかりでおさえこもうとしている。左から二番目の男は両腕にくりからもんもんの彫物があるのだが、青色がさめてわからなくなっている。この時代の錦絵は、まだ植物性の絵具が主であるから、画調がいかにも木板画(もくはんが)らしい落着きを示していて私は好きなのだが、惜しむらくは青や緑の色がすぐとんでしまう。
 娘の詞書(ことばがき)は一切なし。足で蹴飛ばしたりして抵抗しているかに見えるが、案外、男たちの方が娘の手玉にとられているのかも知れぬ。

(男1)「松ヤイ、しつかりつかめへてゐやな。コウあねさん、お祭をわたす(お祭は性交の異称。お祭をわたすは、それを行うこと。つまり交合することをさす)のだから、じつとしてゐさつし。今さるとりの一番をわたすのだが、この付祭(つけまつり)はてこめへ(手古舞)が大勢だによ」〔付祭は江戸時代に、山王や神田明神などの祭に町々から繰り出す山車(だし)とは別に、娘や子供に手踊りなどをさせた踊屋台(おどりやたい)のことである。男髷(おとこまげ)に結った手古舞姿の芸妓が大勢出て踊った。〕
(男2)「彦兵衛おぢい、コレのぞいて見や。年にあはせちやァべらぼうに毛ぶかなめヽつこだぜ」
(彦)「ドレヽ、ほんになァ。形(かたち)は斯様(かやう)に十二三な、かはいらしい娘の子じやが、アレ、してやつて下さりませ。まことにこれが、つびほろぼし(罪ほろぼしの洒落)。おぼヾつこの容態(やうだい)は大年増(としま)の毛だくさん(沢山)じや。親の因果が子に報(むく)つて、摩羅(まら)(男根)の淫水が毛にむくれ、かやうな毛饅頭(けまんぢう)娘。サアヽ、代は戻りじや、とぼしてやつて下さりませツ。アヽ、洒落(しやれ)所じやァねへ。まだ、お鉢が廻(回)らねへか。サアヽ、先(せん)のは代りヽ」
(男3)「早くやつつけ婆ァと頼むぜ。へのご(へのこの誤記)の筋が痛くて、立ち切れねへ」
(男1)「泣いてもしがた(仕方の誤記)がねへ。皮切り(一番最初にすえる灸から転じて、し始めをいう)を辛抱してさせな。ヲヽ誰(だ)がよヽ」
(男4か)「サアヽ、代れヽ。いつまでかヽる。早くやらかせヱ」

【第十二図】

 最終図は、当時流行の銅版画に擬した南蛮人(オランダ人)の閨房図である。大北斎といえども、こんな枕絵は描いたことがない。いや北斎だけではない。江戸時代の全枕絵を通じても、こんな作品はこれ一枚だけである。空前絶後の珍品と断言してはばからぬ。本図は従来、モノクロで紹介されたことがあるが、カラーで見ないことには、その面白さはわからない。そこで、1992(平成4)年に河出書房新社刊の拙著『江戸艶本(えほん)へようこそ』にカラーで紹介したのだが、出来が今一つであった。いかにも惜しいので、今回は版を原寸大にしての再登場である。
 南蛮人を描いたといっても、むろん重信とて南蛮人の裸体を見たわけではなく、すべて想像であるから、性器の描写も珍無類で、恥毛がお釈迦様の頭のように渦巻き型にカールしているなどは笑わせるが、とにかく一見に価する。本図の詞書もオランダ語だというのだが、前図以上にトンチンカンである。
 この一図は決して成功したものとは言えぬ。しかし、いち早く時代の風潮に目をつけ、まだ珍奇な存在であった外国の銅版画の感じを、木板画によって表現しようとした旺盛な製作意欲には敬服する。風俗描写の苦心はもとよりだが、特に彫・摺においては放置出来ず、作業の現場にもつききりで、板ぼかしや摺ぼかしの仕上げに立合ったことであろう。市販の浮世絵として製作するには隘路もあったろうし、枕絵として世に問うたのも一見識といえるかもしれない。

(まずオランダ人の女性の言葉)
「まあらすうきさま、ねへちよんがる、いんすいぴようろぴようろ、ぴいりでれきるする、いヽきいまあするやうす、うんとようがんらあせれてへれ、すつこヽ、とろちりめんちんこ、てれめん、ていこう、アヽフウ、スウヽヽ」
日本で(日本語の誤りか)いはく。
「わたしはすけべい(助平)といふ内にも、おまへの顔を見ると、さねかしら(陰核頭)がひよこヽとして、ひとりでに気がいくやうだよ。サア、早く入れてくんなよ。モウヽヽ、こんなにいぢつたり、いぢられたりすると、こたへ(堪え)られねへわな」トいふおらんだ(オランダ)の詞(言葉)也。
(ついでオランダ人の男の言葉)
「ちいまあめれ、ぢいるうと、さあすうる、まんらあぼヾ、ぢいるなんめれ、すうやあるたつこ、つうびるさつと、まんらあだゆう、ついびいさ、あかまんち、やれつるみいきそれ、つるもう、フウヽスウヽ」
これも日本で言はヾ、
「おらが国風で、おれも好きだが、てめへほどの助平も又あるめへ。女がよくて助平だから鬼に金棒。ソレ、金棒のやうにおへた摩羅(まら)を、思うさまに握るがいヽ。おれも、し飽(あ)きて、くぢりあきたから、これから乳をひねつて、又きざそう。マア、気をながく、ゆるヽと楽しむがいヽ。つヾけて三十番するより、楽しんで十五番するがいヽはな。どうだヽ、てめへも又きざしたか、鼻息が荒くなつてきたぜ。おれも又いきりだした。サア又、始めようか」トいふ言葉なり。

(解説=林 美一)

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