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いきいき大人見聞録 画像

原 信太郎さん (原総合知的通信システム基金理事長)
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「シャングリ・ラに住む自由人」


第1回

自由人の誕生

 原信太郎さん、84歳。大手企業の専務を引退後は、技術革新の基礎年金財団を設立し、鉄道模型を楽しみながらの悠々自適の生活……こう聞けば順風満帆の航路を進んできたことになるが、原さんが貫いてきた人生哲学は、常識の枠にとらわれない、自由奔放でじつにユニークなもの。
 その反映だろうか、肌は艶やか、視力は今も裸眼で左右とも1.5。階段は面倒だから2段跳びで上がるパワー。2年前までは重さ50キロのトランクを持ち歩いていたが、「さすがに網棚に上げられなくなり最近は止めた」と笑う。巷の健康法には耳を傾けず、毎日好きなコーラを2リットル飲み続けるという、型破りの生活ぶり。
 原さんが原点に据えているのは、自分の発想を大切にし“遊びを楽しむこと”。これを人生の第一義としてきた。圧巻は、自作250両を含め、1000を超える模型コレクションを収蔵・展示するシャングリ・ラ鉄道博物館だ。
 徹底した自由人のライフスタイルについて、お話を伺うことにした。


どうしたら遊べるかを考えていた子ども時代

 私は小さいときから、勉強と働くのが大嫌いでした(笑)。

=いきなりカウンターパンチを喰らったようですが、なぜ好きではなかったのでしょう。

 私の家は商売をしていました。祖父は、刻苦勉励で一代で成した人です。朝から晩までほんとうによく働いていました。おじいさんの日頃の働きぶりを見ていて、私は働くのは嫌だな、とつくづく思いました。4歳のときから、そう考えていました。
 慶應幼稚舎3年のときに、算術で金利計算をする時間がありました。当時の年利4%で家計がどうなるか、という計算をしました。そこで、いくらあればわが家では暮らせるのか、逆算をして元金を算出しました。月に250円あればいい、ということになりました。

 そこで、家に帰り祖父に言いました、「自分で計算したら、これだけ元金があれば、あくせくと働く必要がない。家にお金はあるのだから利息で生活していける、おいしいものを食べて、おもちゃも買えるし」と。
 そうしたら、おじいさんにひどく叱られました、「働かざるもの、食うべからず」と(笑)。お前は働かないで生活しようとしているのかと。でも、“最小の作用で最大の収穫”が経済の大原則ですから、どうして叱られたか、いまだに不思議です。まあ、明治の人でしたから、当然かもしれまんせんが。
 そんな子どもでした。

 宿題が大嫌いな子どもでして、家ではとにかく遊びたかった。どうしたら怠けて勉強しないで遊んでいられるかをいろいろ考えました。しかし、勉強しないと遊べないことがわかったので、学校にいる朝8時から午後2時までは勉強で拘束される時間だと覚悟して、この時間だけは嫌だけれどとにかく勉強してものを覚えよう、ということにしました。そうすれば拘束時間以外は自分の自由になると。
 ノートに必死に書いて記憶しました。書くと覚えやすいんですね。

鉄道模型に熱中

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▲イタリア国鉄の電気機関車。9000もの部品を使い、職人が7年もかかって作り上げたもの。運転室、機械室などすべてが本物通りに作りこんである。

 幸運にも幼少のころは、おばあちゃんに甘やかされて、4歳のときからおもちゃはツケで買うことができました。飲み屋のツケはあるけれど、おもちゃ屋のツケは聞いたことがありませんが(笑)。鉄道模型に熱中し、一人でおもちゃ屋に行き、ツケ払いで模型を買いました。いいものを買う、私の原点はここにあります。そのときに買った機関車の一つが今でも残っています。
 昭和初期、当時の浜口雄幸宰相の給料がたしか450円の時代です。その頃、495円もする、アメリカ・ライオネルの機関車を私は欲しがったのです。東京・上野の松坂屋にそれがありまして。当時としては、天文学的数字でした。
 なんでもツケ払いで買ってくれたおばあちゃんでしたが、そのときは3ヵ月待たされました。「おばあちゃん、すぐにはお金ないからね」と。3ヵ月かけて準備をしてくれたんですね。ほかにも小型撮影機やカメラなど買ってもらい、お金のかかる楽しみを味わわせてもらいました。
 でも、おばあちゃん、躾は厳しかったですね。行儀にはとてもうるさかったです。やたらに甘いわけではなかった。おばあちゃんなりのポリシーがあったのでしょう。


勉強嫌いの研究好き

 私はエンジンが好きだったので、祖母は自動車も買ってくれました。1937(昭和12)年のことです。ダットサンで1,560円しました。当時ピアノはアップライトが960円、ライカが800円の時代です。ダットサンを買ってもらったことは、私の人生に大きな影響を与えることになりますが、それについてはあとで触れましょう。


=数字や日付についての記憶がすごいですね。

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▲独学で覚えたハモンドオルガンのリズムは軽快

 勉強は嫌いですが、好きなことはしっかり覚えています。
 じつは中学2年のときから、独学でドイツ語とフランス語を勉強してました。道楽をするためです。というのは、模型機関車が大好きでしたが、日本製のはよくない。ドイツやフランスにいいものがあり、カタログはドイツ語かフランス語で書かれているのです。カタログを見て模型を注文するには、ドイツ語やフランス語をやらないといけないと思いました。
 まあ、勉強というより、好きなことを楽しむ、そのための研究みたいなものです。学校の勉強とは違います。勉強は嫌いですが、研究は大好きです。

小学時代の鉄道旅行

 幼稚舎の5年のとき、東海道線に特急つばめが走り始めました。たしか、大阪まで乗車券が5円90銭、特急券が2円30銭でしたね。それに乗って関西に12日間、一人で旅をしました。関西の汽車と電車に乗り続けました。鉄道好きの私のために75円のお金を、おじいちゃんとおばあちゃんが出してくれました。
 出発のとき、おじいちゃんからハガキを渡されました。表の宛名欄に自宅の住所が書いてあるハガキです。おじいちゃんが言うには「旅先ではこのハガキを毎日出しなさい」と。
 ハガキの裏には「元気です」とすでに書かれていて、筆無精の私でもただ日付を書いてポストに投函すればいいようになっていました。その頃、小学生の子を旅に出すような家はなかったはずですね。

=おじいさんとおばあさんの愛情に恵まれましたね。好きな世界には徹底してこだわる自由人の素養は子ども時代に身につけられたのですね。

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