温泉のこ・こ・ろ

第137回 別府温泉巡りの日本初、女性バスガイド

「日本初の女性バスガイド」温泉観光に貢献

少女車掌姿の村上アヤメさん
少女車掌姿の村上アヤメさん(転載写真)
別府では地元ボランティアも観光案内に一役
別府では地元ボランティアも観光案内に一役

 4月はじめの新聞で、「日本初の女性バスガイドの一人、村上アヤメさんが別府市内の病院にて老衰で死去。98歳。生前に親交のあった人たちでつくる『アヤメ会世話人会』が亀の井ホテルでお別れ会を開く」という記事を目にしました。

 1928(昭和3)年、村上アヤメさんは高等女学校を卒業した17歳のとき、亀の井自動車(現亀の井バス)初の「少女車掌」募集に応募して採用。それから6年間、ハンドマイクを握って七五調の美文調で名所案内を行い、評判となりました。少女車掌時代の村上さんの写真を地元観光振興団体がインターネットで紹介していましたので、転載させてもらいます。

 スカートに革帽子、セーラー調結びのタイと実におしゃれな、ハイカラファッションですね。日本初の女性バスガイド誕生となった「少女車掌」募集には、「16歳以上、20歳未満の未婚者。高女卒程度。及び、体格、操行、容姿、音声の点を必要な条件とする」とありました。なかなか厳しい条件ですが、こうして選ばれた少女車掌が名調子で別府温泉郷をくまなく案内してくれるのですから、人気を博したのは当然。別府を訪れる観光客はうなぎ上りに増えていきました。

女性バスガイド発案者は別府観光の祖

白池地獄入口
別府地獄巡りの一つ、白池地獄入口
人気の海地獄の園内
人気の海地獄の園内

 今では観光バスに欠かせない女性バスガイドさん。それを初めて考え、実行に移したのは“別府観光の祖”と称えられる油屋熊八(1863~1935年)です。村上アヤメさんのお別れ会を開いた亀の井ホテルの前身「亀の井旅館」を興し、女性バスガイドを募集する1年前には、やはり日本で最初の25人乗り大型バスを4台購入して、別府地獄巡り観光を始めています。

 油屋熊八は別府“対岸”の四国・愛媛県出身。別府にやって来て事業を始めた彼は、大衆観光時代到来を見すえて、次々とアイデアと事業を生み出していきます。「山は富士。海は瀬戸内。湯は別府」。これも彼が世に広めたキャッチフレーズでした。明快で刷り込み効果抜群。タフそうでつるっと“はげ頭”に丸眼鏡。ダンディなネクタイ姿をトレードマークに、例の湯けむり温泉マークを別府の湯に効果的にあしらうなど、宣伝広告力にも長けていました。

 「日本初の女性バスガイド嬢」の最後の一人だった村上アヤメさんは、この油屋熊八と一緒に仕事をした貴重な人でした。1998(平成10)年にバスガイド嬢に七五調でのガイド案内を復活させたとき、講師役を務めた村上さんはこの年別府市特別功労表彰を受けています。亡くなる寸前まで元気で講演活動も続けていた村上さんは、「熊八さんのように笑顔でお客さんを迎えんと…」と、昨今の温泉地のもてなしのありようをずっと気にかけていたといいます。

<温泉データ>
◎別府八湯
大分県別府市内の温泉地は、別府、浜脇、観海寺、堀田、亀川、鉄輪、柴石、明礬の8つで「別府八湯」と呼ばれ、観光ボランティアの輪が広がっている。

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